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わたげ吹き
「リオンはわたげを吹くのが好きだねえ」
ダンさんが目を細めてそう言ったのは、去年の春のことでした。お夕飯の買い物に行く途中、ときどき咲いているたんぽぽの、わたげに変わっているやつを見つけるたびに、リオンがふーっと吹くものでしたから。
「ええ。おもしろいし、ふわふわだし」
このときのダンさんは、特売のポークが売り切れてしまわないかと心配していました。でも、いつもまじめな顔をしているリオンが、ふわふわ漂うわたげを見ている間、あんまりニコニコしているので、安いハムしか残ってなくてもいいか、と思ったのだとか。
「よし、そのうちたんぽぽ畑に行こう」
「たんぽぽ畑?」
「たんぽぽ畑はしばらくしたら、わたげ畑になるでしょう。そしたらたくさん、ふーっとわたげを飛ばせるよ。列車で二時間行った先に、たんぽぽ畑があるんだよ。観光客が毎年たくさん来る、有名なところなんだ。ダンさんも何度も行ったことがあるんだけど」
「すてきね。でもダンさん、いまは流行り病のせいで、遠出をやめろって言われてるでしょう。だから連れて行ってくれなくていい」
リオンはこのとき七才でしたが、年幼いことと無知なことはイコールではありません。
ダンさんは、気を遣わせてごめんなさい、とがっくり肩を落としましたが、リオンは気にした風もなく、わたげが全部飛んでった茎を蝶々結びにしながら、肉屋のほうへ歩き始めました。
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