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「おい……なぁホントに大丈夫なんだろうな?」
なかなか思う通りに事が進まず、私は苛立ち、
その苛立ちを隠しもせず、運転手である男に尋ねた。
「もちろんです、ダンナ」
若い男は、なんの根拠もなく、なんの証明もできない癖に、ことも無げにそう言った。
この運転手は、軽薄な見た目同様に、その軽薄な話し方も、私の苛立ちを募らせてくれた。
「おい、ちゃんと着く__」
「大丈夫ですって、任せて下さいよっダーンナっ」
思わず問い詰めようとすると、軽い口調で直ぐに遮られた。
何となくではあるが、私に物言いや態度に対して、男の方も少々の苛立ちを覚えている様だ。
「何としても絶対に間に合わせますから信用してくださいよ。
それに、まだまだ時間はたっぷりとあるじゃないですか~」
「ふぅぅーー」
しかし、いよいよだ。
いよいよなのだ。
だから、絶対に譲れないし、曲げない。
だから、何度も確認するのだ。
先程から頭と体から沸騰しそうなほどの熱量を発しているし、
これを覚まそうなどとは露ほども思わない。熱は既に一週間ぐらい前から続いている。
刻一刻と迫る時刻に、熱さは増すばかりだ。
それをこんな渋滞如きに阻まれて、駄目にするなど考えられない。
「なぁ一つ言って__」
「だからダンナ__」
「いや、違う。いいから聞けっ!
しっかりと依頼を果たしてくれたら、依頼料を割増しして構わんぞ」
語調は更に強くなったが、男の機嫌は非常に良くなった。
「マジですかっ! 俄然やる気が出ましたよ!」
「ああマジだ。多少無茶な経費要求だろうと全て応じてやる。
こちらに回してくれて構わん」
私の望みを叶えてさえくれるなら、幾ら払っても惜しくはない。
「本当に良いんですか、ただでさえかなりの額を頂いてますが」
「ああ、全く問題ない」
「いや、流石に……ちょっと確認させてください」
「なんだ不満か? まぁいい、言ってみろ」
こんな下らないやり取りに時間を使う事には苛立つが、流石に美味し過ぎる依頼に対して少々の疑問が生じた様だ。
何よりも此処で運転手である彼と争っても何も生まない。
言葉を続けさせてやることにした。
「本当に、依頼に書いてあった場所に、アンタを連れて行けばいいだけなんですよね?」
「ああ、時間通りに運んでくれたらそれで構わん」
この男は運び屋。
いや、実際はなんでも屋だ。
今のご時世、(ウイルス騒ぎで)何処に行くにも下らない制限が掛かる。
こういう者達の存在は、私の様な者にとってありがたい。
「すぅぅぅーはぁぁぁーーっしゃっっ!」
運転手は大きく息を吐き、気合を入れ直してハンドルを握りしめた。
「絶対に間に合わせますんで、寝ててください。
どうせまだまだ時間はかかるんですから」
運び屋の男はそう言うが、眠れそうにない。
興奮している体と心は全く納まる気配が無い。
「それに、まだ時間もあるってのにそんなに力んでしまっては、
エネルギーをどんどん使っちゃいますよ?」
「ああ、確かにその通りだな」
改めて感じる。またこの季節がやって来たのだ。
それは、漢が本来持つ熱量を、
その熱というのは元来途轍もなく熱いのだと感じさせてくれる。
そんなモノが確かにこの世にある。
どれだけ多くの柵(しがらみ)に絡まれても、
社会にどれだけ去勢されても、自分は男なのだと認識させられる。
祭りだ。明日祭りがあるのだ。
それに私は参加する。
私は祭りに参加するのだ。
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