Heart

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Heart

僕は癌だ。余命は半年。 そんな僕は今、ペンを手にあるカードに名前を書いている。 それは、『臓器提供意志表示カード』。 「真壁(まかべ)さん、どうですか調子は」 昼ぐらいには、医師が病室に様子を見に来る。 「…はい、大丈夫です」 優しそうな医師の顔。少し悲しく思える。 「そうだ先生、見せておきたいものがあるのですが」 そう言って俺は、棚の上に置いていたカードをとる。 「これ」 「…臓器提供意思表示カードですか」 「はい」 医師は驚いたような顔をしながら、カードを見た。 そして医師の目には、徐々に涙が溜まっていった。 「眞壁さん…ありがとう、ありがとうっ…」 そう言って医師は両手で俺の手を取り、力強く握った。 俺も精一杯の力で握り返す。 「いえ、死んでしまう俺の分も、生きたい人に生きてもらう、それが俺の願いですから」 どうあがいても、どうにもならない。 けれど生のバトンは、誰かに繋いでほしい。 「眞壁さん…あなたはなんて、なんてっ…」 医師は涙声になりながら、俺の手を力強く握る。 これが、俺の使命なんだ。 20☓☓年 3月21日 髪の毛が抜けてきた。          抗がん剤のせいだろうか。          桜が綺麗だ。 20☓☓年 5月1日 あと余命は3ヶ月。          俺の誕生日、最後の誕生日かも。          親が来てくれて、昔の写真をいっぱい見た。          母さん、父さん、ありがとう。  20☓☓年 8月4日 本当は、もう少し生きたかったかもしれない。          少ししんどい。          もう少しで夏も明けて、少しはすず…  生きている時間は、生きているという幸せを知らない。 死の直前に、その大切さを知る。 果たせなかった約束、叶えられなかった夢、忘れられない後悔。 人生は坂道であり、下り道であり、平坦な道である。 こんな世の中クソくらえと嘆く人間もいる。 生きているという幸せを知らないからだ。 こんな世の中でも、必死に生きようとする人間がいる。 諦めることは簡単なのに、バカみたいに険しい道を行く人間もいる。 そんな人間を笑うやつもいる。 自分の幸せより、他人の幸せを願う人間もいる。 生きることを諦めようとする人間もいる。 綺麗事で、人間の気持ちなんてわかることなどできない。 たとえちっぽけだったって、たとえ弱虫だったって、 生きていることに意味がある。 そんな事を考えながら、俺は思う。 誰かの心臓になりたい、と。
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