第10話 レイジィ様が商会にやってこられました

1/1
前へ
/17ページ
次へ

第10話 レイジィ様が商会にやってこられました

 ウェイターさんが去った後、ずっと私の心は乱れていました。  相変わらずレイジィ様からは無能だと見下され罵られ、アイリーンからは馬鹿にされます。  食事はますます質素になり、部屋から物が無くなっていきます。  レイジィ様のお部屋近くを通ると、二人の情事を想像させる音が聞こえてきます。  新しく入って来た使用人にはアイリーンの息がかかっており、伯爵夫人である私に対する扱いは日に日に酷くなる一方です。  そんな状況の中、突然私が優秀なのだと言われ、世界がひっくり返るほどの衝撃を受けました。  しかし屋敷に戻って来ると、ウェイターさんの言葉が嘘だと思えるほど、惨めな扱いを受ける自分がいます。  一体どちらが正しいのでしょうか?  一体……    ウェイターさんとお会いしてから、一カ月後でしょうか。  サウスホーム商会の売り上げが、倍増したと伝え聞きました。 「例の茶葉が、爆売れしているみたいですね」  ディアが教えてくれました。  声色に、茶葉取引を許可しなかった主人への非難が混じっていましたが、聞かないふりをしました。  その時、 「フェリーチェ‼」 「れ、レイジィ様⁉」  私が商会を任されてから約五年、ほとんど顔を見せる事のなかったレイジィ様が、アイリーンを連れていらっしゃったのです。  怒りの形相で。  恐ろしさで身体が固まりました。  確か昨晩は夜会で宿泊なさっていたはずですが、服装を見る限り、そのままこちらに来られたようです。  レイジィ様は、止めようと立ちふさがったディアを突き飛ばすと、私の胸倉を掴み、激しく揺さぶられました。 「サウスホーム商会で今売れている茶葉、元々はここに持ち込まれた物だったそうだな! 何故サウスの野郎なんかに渡しやがった‼」 「お、お伝えいたしました! しかしレイジィ様は、元々の取引のある業者があるから必要ないと……」 「だが、あの茶葉だとは聞いていないっ‼ お前が報告を怠ったからだろうがっ‼」 「た、確かに詳しい説明は……こほっ、しませんでし……た……もうしわけ……ございません……」 「サウスの野郎はあの茶葉で今、大儲けしているっ‼ 昨日の夜会でその話を聞いたんだが、俺だけが知らなかった! 商会を預かる者として大恥をかいたぞっ⁉」 「あ、あぁ……もうしわけ……」  舌打ちをすると、レイジィ様は私から手を放し突き飛ばしました。  床に尻もちをつき私は無様に倒れました。 「ふふっ、奥様。ホウ・レン・ソウなど、私たち女中ですら知っている知識ですわ。無知な奥様だと、旦那様もご苦労なさいますわね?」 「……まったくだ、アイリーン。お前が妻なら、どれだけ良かったことか」  レイジィ様がアイリーンの腰を抱き寄せ、彼女の仕事っぷりを称賛しています。  妻である私の前で愛されるアイリーンは、勝ち誇った表情でこちらを見下していました。  この部屋には、ディアがいます。  私を慕ってくれる皆に、こんな無様で哀れな姿を見られたくはありませんでした。  自分が情けなくて、  自分が惨めで、  とても……辛かった。  恥と惨めさに打ちひしがれる私に、追い打ちをかけるようにレイジィ様の怒声が続きます。 「あと、帳簿から何まで全部やり方を変えて、訳が分からなくなっているっ! 滅茶苦茶にしやがって! それに昔からの取引業者も従業員もどうした‼ ほとんどいなくなってるじゃないかっ‼」 「帳簿などは、あ、新しい方法の方が作業効率が良かったため採用しただけで、決して滅茶苦茶にはしておりません! そ、それに取引業者や昔の従業員たちは、あちらから勝手に取引を止めたり商会を辞めただけで、わ、私は何も……」 「口答えするなっ‼ これも聞いたんだが、お前、勝手に孤児院なんか立てて、社会のゴミたちに支援しているらしいな⁉ どこからそんな金を出したんだ‼ まさか家や商会の金に手を付けたんじゃないだろうなっ⁉」 「付けていません! あれは唯一、私の物としてレイジィ様がくださった肖像画を売ったお金です!」 「はぁ⁉ あんなクソゴミの絵に値が⁉ 嘘言うんじゃ――」 「本当ですよ」  その時、この部屋にいないはずの声が聞こえてきました。  振り返るとそこには、 「あの絵は、世界的に有名な画家アントニオの未発表作品。彼が個人的に描いた貴重な作品です。だから高額な値がついたのです」 「……はっ? あ、アントニオの作品……だと⁉ あの1枚の絵で家が建つって言われている、あの画家のか‼」 「おやおや、商会の代表でありながら、あなたにはあの絵の価値も分からなかったのですか?」  そうクスクス笑う綺麗な身なりの美しい男性の姿がありました。  誰か分かりませんでした。  しかし、 「お久しぶりです、フェリーチェ様」  そう優雅にお辞儀する姿、そして私を見つめる優しい眼差しを見て、誰か分かったのです。 「ウェイター……さん?」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

743人が本棚に入れています
本棚に追加