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第9話 優秀だと評価され頭がおかしくなりそうです
「駄目だ。茶葉の取り扱いは、昔から付き合いのある業者からでしか仕入れない」
「し、しかし! とても良い茶葉で……一度お飲みになられ――」
「お前、今、商会で取引している茶葉に不満があるのか? また俺に意見するのか?」
レイジィ様が手を挙げられましたので、私は慌てて首を横に振りました。
打たれることはありませんでしたが、レイジィ様の横に控えているアイリーンの馬鹿にしたような視線を感じ、心が委縮します。
商会で現在取り扱っている茶葉は、レイジィ様と私が結婚する前から取引があるところ。しかし正直、高価な割に品質はさほどよくないのです。
レイジィ様はご存じありませんが、結婚前に取引していた業者のほとんどが入れ替わっています。
仕方がなかったのです。
何故か私がトーマ商会を任されてから、レイジィ様と取引していた業者たちが、次々と取引を止めて行ったのですから。
何度も私が次の取引業者の相談をしたため、最終的にレイジィ様が私に判断を任せて下さいました。
そのお陰で後任業者はスムーズに決まり、トーマ商会には適正な値段で質の良い商品が揃うようになったのです。
しかし、この茶葉の業者だけはずっと残っていました。
恐らく、レイジィ様と強い繋がりがあるのでしょう。
数日後、私はウェイターさんに連絡をとり店に来て頂きました。
結果をお伝えし謝罪すると、彼はにっこり微笑み、首を横に振られました。
「お気になさらないで下さい。まだまだ私も力不足だったということですから」
「違うのです! お茶は素晴らしいものでした! 主人も一口でも飲めば、きっと快諾して下さると……しかし、他に取引相手がいるから、と……」
「なるほど。ご主人様は、商品ではなく古くからの縁を大切にされた、ということですね」
「は、はい……」
古くからの縁、などという情に厚いと言わんばかりな言葉に、益々恐縮してしまいました。
そんな綺麗なものではないと、分かっていましたから。
私はディアが持ってきてくれた封書を、ウェイターさんにお渡しいたしました。
「代わりに、新たな取引相手をご紹介させて頂きます」
「サウスホーム商会……ですか」
「ええ。サウスホームさんに、頂いた試作品を試飲して頂きましたら一口で気に入って下さり、ぜひ取引がしたいと仰っておりました」
一口お茶を飲んだ時のサウスさんの表情を思うと、きっとこの取引は上手くいくでしょう。
ウェイターさんは封書を握りしめると、深く頭を下げられました。
「ありがとうございます。ここまでして下さって……」
「いえ、せっかくオグリスさんからご紹介して頂いたのに、こちらの都合で取引が出来ず申し訳ございませんでした……私に決定権があれば、あのような素晴らしい茶葉を逃すことはしないのですが……」
後ほど、オグリスさんに詫び状をお送りしなければ。
「あなたの茶葉は、本当に素晴らしいです。謙遜なさらず、自信を持ってください」
「……自信? それを……貴女が仰いますか?」
ウェイターさんの呟きが聞こえました。
先ほどまでの丁寧さが、少しだけ影を潜めた気がしました。
「商談が破談となりましたので、私が思ったことを率直に申し上げます。貴女は素晴らしい商才をお持ちなのに、何故それをご理解なさっていないのですか?」
「……え?」
商才? 商売の才能、ということでしょうか。
「ここで働く皆が仰ってましたよ。トーマ商会をここまで大きくしたのは、貴女ご自身の力だと。私も貴女とお会いして、彼らの言葉が真実だと分かりました。貴女こそ、もっと自信を持って下さい」
「そうですよ、奥様!」
突然ディアが話に割り込んできました。
怒ったような声色なのに、こちらを見つめる表情はとても悲しそうです。
「従業員皆が頑張るのは、奥様がいらっしゃるからです! 奥様があたしたちを救って下さったからです! 貴女の役に立ちたいから、皆頑張っているのです!」
「救うって、孤児院のこと……かしら? でも子を守るのは当然の役目――」
「そう考える人間は山ほどいても、自らの身を削って実行なんてしません! あなたの成されたことは、とても偉大なことなのですよ‼」
ディアの言葉に、ウェイターさんも深く頷いています。
「そうですよ、フェリーチェ様。貴女の普通は普通ではない。貴女の志、思想、商売に対する姿勢、全てが素晴らしいですし、貴女は無意識にそれを実行している。知りませんか? 商会ギルドが、数年前には目にもかけなかったトーマ商会を、高く評価していることを……いや、貴女を高く評価していることを」
あの商会ギルドが、私を高く評価している?
主人ではなく……私を?
ウェイターさんの表情が、今まで見たこともないくらい厳しくなりました。
「そんな優秀な貴女に、何も出来ないと吹き込んでいるのは一体誰ですか? 貴女から自信と笑顔を奪っているのは……一体どこの誰なのですか? その人物こそ、人も物の価値も分からない節穴野郎です!」
「しゅ、主人を悪く言わないで下さいっ‼」
そう言った瞬間、私は慌てて口をふさぎました。
しかし私の発言を聞いたウェイターさんが意地悪そうに笑ったのです。
「ああ、なるほど。やはりご主人でしたか」
私は両手で顔を覆いました。
これが私の、レイジィ様への本心なのでしょうか。
あまりの醜さに、涙がこみ上げてきました。
しかし、肩に大きな手が置かれました。
顔を覆う手を降ろすと、優しさに満ちたウェイターさんの表情が映りました。
「忘れないで下さい。貴女の悲しむ顔を見て、悲しむ者たちが貴女の周りには大勢いることを。貴女が皆の幸せを願うように、皆も貴女の幸せを願っていることを。そこにいる、彼女も……」
「もちろんです。ディアは例え世界全てを敵に回しても奥様の味方です。まあ従業員皆が、同じことを考えてますけどね」
そう言ってディアが微笑みました。
以前からディアには、自信を持つように言われていましたが、私はディアの恩人なので、優しさから来ている言葉だと思っていたのです。
しかし、全く深い関わりのない方から初めて、私が優秀だと評価して頂きました。
レイジィ様の、お前は無能だ、という言葉が浮かび、混乱で頭がおかしくなりそうでした。
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