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雨玉を噛み、半分に割る。片方は口から取り出し、半分になったもう片方を口の中で転がして溶かすと、ふうっと息を吹きかけた。溶けた雨玉は雲となり、雨となって地上を潤す。雨を降らせることが僕ら雨人の役目。
今日はずっと上の空にウロコ雲が出来ている。地表に近い僕らの空は雨雲の居場所、僕らの管轄だ。しかしもっと上の空は雲を編む人達の管轄。雲を編んで様々な形の雲を作り空を彩る。特に秋は美しくていつまでも眺めてしまう。僕ら雨人はこの場を離れるわけにはいかないからお会いした事はないけれど、天女のように美しい女性たちなのだとか。
僕が素人から半人前くらいには雨が作れるようになったので、先生は外出できるようになった。ここには絶対に一人雨人が残らないといけない。僕がまだ弟子になったばかりの頃から今まで先生は僕に付きっ切りだった。申し訳なくて、早く一人前になろうと頑張った。
そうしたら穏やかに晴れた日だけ、何も大事が起きなさそうな時だけ先生は出かけられるようになった。今日は雲編の人たちの所へ出かけている。たぶん、僕が作る雲が雲編の方々の邪魔になっていないかご挨拶のお声かけをしているのだと思う。
今日はウロコ雲がいっそう美しい。雨を降らせる日ではないので、ずっと空を眺めていると。
遠くに、見たことのない雲が見えた。まるで格子のように規則正しく直線に並んでいる。あんなにきれいな形をした雲があるのだろうかと首をかしげていると急に空一面に薄い雲がかかり始めた。
雲編の方々が何か雲を編み始めたのだろうかと思ったが、さっきまで見えていたウロコ雲も美しかったのにな、と首を傾げる。風に影響されやすい僕らの雨雲と違って、高層の雲はそう簡単に景色が変わらないのに。それに、なんだか雨雲のように薄暗い。
「叢雨」
外から先生の声がした。急いで外に出ると、先生が手招きをしている。
「おかえりなさい先生」
「叢雨、こちらにおいで。雲編の方々にお前を紹介することになったよ、上の空に行こう」
「え?」
そんなお話聞いていない。何か事情が変わったのだろうか。それにこの空、曇りは僕らの役目なのに薄暗いのが気になる。
「先生、この空は?」
「我々を迎えるための特別な空だ。他所から見えないよう隠してくれているんだ」
先生が出かける時、そんな空ではなかった。
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