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つまり先程の人は先生はではなかったのだ。先生は僕の頭を撫でると空を見る。
「蜘蛛雲は雲一つない空の時に雲で巣を作って獲物を捕らえる。獲物をおびき寄せる為に幻影や意識を朦朧とさせる匂いを出したりするんだけども。滅多に現れないし今日は雲が出ていたから私も油断していたよ、すまなかったね。もっと早く教えておくべきだった」
「いえ。でも、それならどうして今日……?」
「たぶん叢雨が一人になるのを待っていたのだろう」
僕の雲はまだ歪だ。ここに先生以外の雨人がいるとばれたのだろう。巣を張ってひたすら獲物を待つ蜘蛛雲は自分からやってくることはないらしい。
「僕はそんなに美味しそうですか?」
「美味しそうかどうかはわからないけれど。私の姿をして言葉巧みに誘い出せば来ると思ったのだろうね。愚かな事だ、叢雨はしっかり者だというのに。これは叢雨も知っておいてね。昔、雲編の者で同じ手で食べられてしまった子がいたんだ。だから今回も上手くいくと思ったのだろう」
「そうだったのですね」
蜘蛛雲は先生が帰ってきたのを見て逃げて行ったのだろう、という事だった。蜘蛛雲が手を伸ばしたあの場所、「ここ」を出た事になる位置だ。僕が一歩でも踏み出していたら食べられていたかもしれない。
「さて。私は少しやることがあるから、叢雨は雷雨の雨玉の練習をしよう。秋は夏とは違った雷雨がある、それをできるようになろうね」
「はい」
雷雨はとても難しい。まだ僕は一度もちゃんと作れたことがない。時間がかかるしとても集中しなければいけない。きちんとできるようになるまでは屋内での作成だ。間違って外に出してしまったら地上にどんな雨を降らせるかわからない。材料を籠に入れて、僕は奥座敷へと急いだ。
奥へと入っていった叢雨を見送り、小さく笑うと後ろ手に隠していた右手を持ち上げる。その手には、蜘蛛雲が握られていた。逃げ出そうと必死にもがいている。
「今まではどうでもいいかと見逃してやっていたのに。愚かな事だ」
蜘蛛雲は逃げ出すための雲の糸を吐き出し必死にもがく。それを口元は笑いながらも氷のように冷たい目で見つめる。
「身の程をわきまえろ、塵め」
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