鈴木和輝

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   そういや掃除せな(しなければ)あかんかったわ。  ふと思い出した俺はソファから体を起こし、風呂場に向かった。忙しいみんなの代わりに家事をするのが俺の日課の一つだ。担当制にしようと言ってくれたが、何せ新入社員と新入生。社会と新しい学校に慣れるのに必死だろうから、しばらくは俺がすることにしている。    いつになったらやりたいこと、見つかるんやろ。  少し黒ずみ始めていたカビを擦りながら、俺は溜め息を吐いた。  夢や目標に向かって毎日この家を出て行くみんなの背を見るのは、正直少し辛かった。何かを持つみんなと、何も持っていない俺。資格もほとんど持っていないし、好きなこともない。今までただぼうっと生きてきた俺にとって、何かを見つけることはとても難しい。飽きっぽい俺には生活を彩る趣味もない。  どうやって今まで生きてきたんよ。  なかなか取れないそのシミを必死で擦りながらそう思った。  時間も迫る中洗面所の掃除をしていると、排水溝に髪の毛が流されていることに気づく。赤茶色の毛。犯人は自ずとわかっているが、少し苛立ちながらさっさと掃除を終えて携帯を手に取りアプリを開いた。  『排水溝。毛。流すな。』  この数ヶ月で三回目の文言をチャットグループで流し、俺はまた溜め息を吐いた。  梨華は綺麗好きだししっかりしているから、食材に関しても家の中のことに関しても文句を言ったことは一度もない。俺自身怠惰ではあるが、あとの二人よりは綺麗好きだと思う。  『すまん』  休憩に入ったらしいその犯人が素直に白状したのを確認して、何回同じこと()うんと心で突っ込んで俺は画面を閉じた。
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