鈴木和輝

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 元々小食の俺だが、連日のバイト疲れで物を食べる気も起こらず、昼は冷蔵庫に冷やしていたエナジードリンクを流し込んだ。家着(いえぎ)から適当に取った服に変え、俺は午後のバイトに身を駆り出した。  平日なのにどういう訳かいつも忙しい。  会社員ならまだわかるが、外行きの格好で入ってくる人や、学校をさぼったらしい制服姿の人まで、店内は色んな人で埋め尽くされている。  どのバイト先でも、俺が注意されることはただ一つ。愛想のない顔色だけ。 恐らく、伸びて若干目にかかる黒い前髪のせいもあるのだろうが、何より原因は俺の小さい声にある。  人はみんな、口角の上がった顔、張りのある声を好む。そう、海斗のような。  だが俺はそんな印象を創り上げる技術を持っていない。いつも淡々と注文を繰り返し、一定の表情で事をなす。そんな店員を、人は好まない。笑うことが良しとされるこの世界では、俺はいつも気疲れする。  元気がない。愛想がない。 やる気ないのか?もっとしっかりやれ。  俺なりの一生懸命は、色のない俺には他人(ひと)に伝えにくい。だからそう言われる度、反抗心を覚えてしまう。  何で無理矢理笑わなあかんねん。  そんな思いが、賢明に仕事をしてたはずの手を段々と遅め始める。  この見た目であることは他にも支障がある。それはすれ違った人や向かいの人と目が合った時、突然謝られてしまうことだ。どうやらその人は俺が睨んだと感じたらしいのだが、最も厄介なのは人たちにそれを感じられた時だ。今までもそんな場面がなかった訳ではない。  たまたま海斗がおった時はあの感じで場を丸く収めてくれたっけか。  理不尽に怒られ少し切れ気味だった俺の代わりに必死に謝ってくれた海斗の思い出は、今ではもう懐かしい。
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