撤退戦

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 装甲を破損し、黒煙を上げる『カーイト・ベイ』。しかし、 「……生き、てる……あいつはまだ、生きてるぞ‼」  ウィルの部下が、悲鳴のような声を上げた。  そう。内部機構を軋ませ、不協和音を周囲に響かせながら、『カーイト・ベイ』は今なお生きていた。  そしてそれはウィルらを明確な脅威と捉えたのか、本格的に彼らに牙を剥き始める。  ホバーユニットで滑るように動き、射線を確保。十以上もの副砲をウィルらに向け、更にミサイルサイロも開放する。  一斉射撃。弾丸やミサイルが飛び、爆炎が巻き起こった。それに巻き込まれたウィルの部下は一人、また一人と命を落としていく。  更に悪いことに、『突撃型』の部隊がここで息を吹き返した。『カーイト・ベイ』の火力で翻弄されるウィルたちに、好機と見て反撃を開始したのだ。  完全に守勢に回るウィルたち。状況は、悪化する一方だった。 『だめです、隊長!』  部下の一人から、ウィルに通信が入った。 『完全に敵の勢いが復活しました! ここは、退くしかありません!』 『……』 『隊長? 聞いてるんですか⁉』 『……聞いてるよ。大きな声、出すんじゃねえ』  平坦な声で応じるウィル。部下はその様子に何かを感じたのか、怯えが声に混じる。 『た……隊長、どうしたんです⁉ 何か、様子が変ですよ⁉』 『別に何でもねえよ。話は分かった。確かに状況は不利だし、ここは退くしかねえだろう』 『なら、すぐに――』 『ただし、退く前に一つだけやって欲しいことがある』  ウィルはガトリング砲を捨て、代わりに近くに落ちていた武器――死んだ部下が使っていた――グレネードランチャーを拾う。 『退くと同時に、敵部隊に攻撃を仕掛けろ。当たらなくていい。ともかく、手当たり次第にぶっ放せ』 『な⁉』 『俺は、これから』  強化外骨格の出力を最大にし、ジャマーを展開したウィルは 『この不始末の、責任をとってくる』  敵戦車に向かって、駆けだした。  凄まじいスピードで戦車に迫るウィル。当然敵部隊もそれを察知し、彼を攻撃しようとするが、ウィルの部下たちによる一斉射によって動きを阻害される。  その隙にウィルはグレネードランチャーを構え、『カーイト・ベイ』もウィルに向けて副砲を向けた。双方、発砲。幾つもの砲弾がウィルに向かって飛び、周囲に爆風を巻き起こす。それに煽られてウィルは姿勢を崩しながら、それでも彼は駆け続け、撃ち続ける。  一発が、車体に着弾。破損箇所から衝撃が浸透し、装甲及び内部の損傷が拡大する。しかし『カーイト・ベイ』も反撃し、ウィルを幾度もの爆風が襲う。 「ッ‼」  何度目かの砲撃で、ついにウィルの体勢が崩れた。そこに更なる爆風が襲って巨体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。 『隊長、もう止めてください!』 『撤退しましょう! 機会なら、まだあるはずです‼』  部下から幾つもの通信が来る。しかし彼は、それには応えない。 「心配してもらうのは、ありがてえけどさ」  痛む体を無理矢理動かして跳ね上がり、なおも攻撃を続ける彼は、 「やっぱり……責任ってものは、取らなきゃならねえと思うんだよ」  そう、呟く。  今までだって、何人もの部下を死なせてきた――その度にウィルの中に、言葉にし難い『何か』が溜まっていくような気がしていた。  それが何なのかは、未だウィルには分からない。しかしその『何か』は、溜まる度に彼に戦い続けることを強いてくる。  責任を果たせ――死なせた部下に報いろ――何が何でも戦場に立ち続けろ、ショウの力になれと囁いてくるのだ。その声に従い、彼は立ち続ける。撃ち続ける。  車体に着弾、更に破損が広がる。しかしウィルも再度吹き飛ばされ、叩きつけられる。体中が軋み、激痛が動く度に走るようになった。  更に着弾。上がる黒煙が濃くなり、挙動がぎこちなくなる。ウィルは追撃を行おうとして、そこに砲弾が飛来する。  爆発。直撃を喰らい、ウィルの右足が吹き飛んだ。鮮血が吹き出し、地面の上を転がる彼は、しかし攻撃の手を緩めない。残った足と腕でどうにか射撃体勢を取り、撃ちまくる。  何度目かの着弾。衝撃が車体全体に伝播。電子機器が動作不良を起こしたのか、青白いスパークが車体を覆う。  もう一押し、それで終わる――ウィルが構える。だが『カーイト・ベイ』もこのままではやられないと言わんばかりに、動く砲身を向けた。  同時に、発砲。爆発。  宙に、腕らしきものが飛んだ。
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