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プロローグ 戦塵の地平
荒野に、塵が舞っていた。
吹き荒れる強風。それによって舞い上げられた砂や細かいゴミは分厚いカーテンとなって視界と太陽の光を遮っている。
そんな中、ローター音を響かせて4機のドローンが飛んでいた。
下部に機銃を付けている、戦闘用ドローンだ。直径2m程の円盤状の機体を持ち、機体の左右に備えたローターによって浮力を確保しているそれらは、強風に煽られながらも何かを探しているかのようにセンサーを動かし、機銃を旋回させていた。
しばらく飛んでいたそれら。だが突如として制止し、機銃をとある方向に向ける。その方向には無数の残骸が散らばっており、その内の一つで、一人の少年が気を失っていた。
歳の頃は十八といった所だろうか。短く切った黒髪を持つその顔には多少の幼さが残り、目を瞑っている面立ちは愛嬌を備えている。体の方も中肉中背といった感じで、これだけを見ればどこにでもいる普通の少年に見えるだろう。
……全身に武装を身に着けていなければ、だが。
軍服を身に着けたその体は、西洋の甲冑を思わせる丸みを帯びた強化外骨格で覆われ、腰には拳銃と手榴弾を吊るしている。気絶していながらも手は小銃を強く握っており、顔には大小様々な傷が付いていて、彼が歩んできた生がいかに過酷であったかを暗示していた。
果たして彼は、響くローター音に呻き声を上げて目を覚ます。
「う……ここ、は……」
額を押さえながら頭を振る彼は、一瞬自分が誰なのか、自分は何をしていたのかを忘れる。
(俺、は……俺は、ショウ……そう、ショウだ。そして俺は、奇襲を受けた味方部隊の救援に来て、最後の最後で反撃を――!)
そこまで考えた瞬間、彼の意識は一気に覚醒した。ぼやけていた双眸が鋭い光を放ち、愛嬌のある顔に精悍さが宿る。
跳ねるように体を起こし、残骸から脱出。直後、彼がいた場所に銃弾の雨が降り注いだ。
地面を転がる少年、ショウはすぐさま体勢を立て直して発砲。強風の影響をものともしない正確な射撃。銃弾が2機のローターに直撃し、墜落する。
残りのドローンが左右に分かれ、挟み込むように機銃を放つ。だがショウは、強化外骨格によって強化された脚力によってそれを振り切った。
そして走りながら小銃のセレクターをフルオートに切り替え、斉射。乱れ飛ぶ弾丸が装甲を、ローターを砕き、2機のドローンが落ちていく。
一分もかからず4機のドローンを落としたショウ。しかし彼はそれに安心することなく近くにあった残骸に身を隠し、諸々の確認に取り掛かる。
(体は……どこも折れていないし、痛みもない。強化外骨格も、機能に支障はない。弾薬――小銃のマガジンは4、拳銃は2。手榴弾は3個……これで大物の相手をするのは無理、か。それでなくても――)
複数の分隊でも来られれば、数で押し潰される。そうショウは結論した。
(しかもさっきのドローン、あれは敵の強行偵察部隊が使うヤツだ。となると)
冷静に、冷徹に少年は思考し、感覚を研ぎ澄ませる。周囲に視線を飛ばし、視界の端で誰もいないにもかかわらず、地面に靴の痕が出来ているのを見つけた。
間髪入れず発砲。何もない筈の空間から血が噴き出し、角張った装甲を持つ強化外骨格と小銃で武装した兵士が突然現れ、地に倒れた。
だが直後、お返しとばかりに銃弾が飛来。残骸の陰に隠れてやり過ごすも火線の数が多い。恐らく2個分隊はいるとショウには思えた。その上全身を透明化する装置、光学迷彩までも装備している。
戦力差は、圧倒的。逃げの一手しかないと判断したショウは、手榴弾を投げる。それが爆発するのに合わせて駆け出した。
一方、敵分隊。身を伏せて爆発を回避した彼らは一度光学迷彩を解除し、集結する。
「敵の兵士1名を発見。分隊員1名死亡――今より敵兵士の画像を送る」
そしてこちらもショウと同様、冷静に、冷徹に状況を確認し、強化外骨格に内蔵する補助AIに報告と命令を行っていた。
「データベースと照会し、脅威度を通知されたし。C未満、或いは情報の不足による判定不可であれば、偵察任務を続行する」
そういう兵士も、ショウと同じく年若い。恐らく18か、それ以下の年齢と推測された。……いや、違う。彼も、彼の周りにいる兵士も、死んだ兵士でさえ、全員がショウと同じように少年、或いは少女呼べる程の若さだった。
やがて照会が終わり、脳内にあるナノマシン――微生物レベルの極小機械のことで、これを脳に注入して電波信号の送受信を行う器官を形成。補助AIを併用することで、思考のみで電子情報を扱えるようになる――を介して兵士の視界に結果が表示される。それを読み進める内、彼の声は硬くなっていった。
「……脅威度、S? 個体名、ショウ――『TA』操縦士にして、『指揮官型』と推測される個体……各地の激戦地を転戦し、指揮した部隊は数多くの損害をこちらに与えている……自身で上げた機動兵器の撃墜数は、200以上……⁉」
その言葉に、周りの兵士達に騒めきが走った。表情を引き締めた彼らは、再度光学迷彩を起動し、身を低くしてショウの追跡に入る。
そして、ショウ。
彼もまた身を低くしつつ、全力で駆けていた。
ふと、吹き荒れていた強風が止まる。視界を遮っていたカーテンも消え去り、ショウの背に現れたのは。
……地獄のような、戦争の情景だ。
戦車や人型兵器が地を駆けては自身の武装を発射。銃声と轟音は、途絶えることがない。空には戦闘機が舞って搭載されたミサイルや機銃を発射。ソニックブームを発生させると共に、空や地面に新たな爆発や弾痕を残す。
それらの情景を実現させる機動兵器群は数百にもなり、それと相対するのは、同数にも及ぶ機動兵器群。交錯する火線は数えきれない程で、一面に広がる荒野全体で戦いは繰り広げられていた。
そしてその機動兵器群に先行するように、兵士達は戦い続ける。彼らは皆、ショウ達と同じように全員が少年や少女と呼ばれる年若い者達だった。
――第一次星間戦争。
それがショウたちの戦う戦争の名前。そしてショウたちは、それの遂行のために作られた軍用のデザイナーズチャイルド、通称『子供達』と呼ばれる者達。
彼等は戦争継続の道具として、今も若い命を燃やし続けている。
ショウはそんな彼らが戦う様を、暗い眼差しで見つめていた――
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