『子供達』の戦場

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『子供達』の戦場

 時は、宇宙開拓時代。人類は母なる地球を飛び立ち、版図を宇宙にまで広げた。  宇宙には幾つものスペースコロニーが建造され、惑星へのテラフォーミング――惑星環境を地球のそれに似せて作り変えること――が行われた。  新たなるフロンティアを手に入れた人類は加速度的にその数を増やしていき、技術の革新も進んで限定的ながらFTL(Faster Than Lightの略。超光速航行のこと)技術も手にした。  これからは、人類は更にその版図を広げていくことだろう――誰もがそう考え、将来の繁栄を疑っていなかった。だが人の性質というものは、例え技術が発展したとしてもそう変わらない。支配するものとされるもの、その対立が戦争の火種になることも変わらなかった。  火星とその周辺にあるコロニー。それが発端だった。突如として彼らは『辺境連邦(フロンティア・ユニオン)』の結成を宣言。地球及びその周辺のコロニーが『本国』としての立場を利用し、自分達を搾取しているとして宣戦を布告したのである。  対して地球側も『太陽同盟(アライアンス・オブ・サン)』を名乗り、人類の協調を乱したとして『辺境連邦』を叛徒(はんと)と認定。宣戦布告し、史上初となる星同士の戦いが始まった。  戦争は長きに渡って続き、激化の一途を辿った。一時は500億にまで達していた人口は、10年にも及ぶ戦争で270億にまで減少した。幾つものスペースコロニーが崩壊し、両陣営共に社会機能の維持にまで影響が及ぶようになる。  軍は軍で社会機能の低下や広まる厭戦気分によって兵士の数、質共に低下し始め、大規模な軍事行動は行えなくなっていた。  だがそれでいてなお、長きに渡る戦いの怨嗟が戦いを止めることを許さない。  『子供達』が生まれたのは、そんな経緯からだ。社会機能の維持のため、兵士の質と量の確保のために、彼らは作り出された。  『子供達』は、戦い続ける。それぞれの戦場、その最前線で。  クローン技術によって大量生産され、思想教育という名の洗脳を施された彼らは、言われるがままに戦い続ける。  それはここ、火星の衛星の一つであるフォボスでも同じだった。 「ハッ……ハッ……!」  荒野を疾駆する『太陽同盟』の『子供達』の一人、ショウ。だがその速さは尋常ではない。強化外骨格による身体能力の強化があるとはいえ、だ。それに息も、多少の辛さはあるが、さほど乱した様子もなかった。  『子供達』の体は戦闘に最適化されている。身体能力の向上は勿論、神経系にも手は加えられていて、常人とは比べ物にならない程の運動能力と反射神経を実現し、精神も常に平常心を保てるよう調整されていた。  ショウの背筋に悪寒が走る。スライディングで地形の起伏に身を隠し、直後、銃弾が頭を通り過ぎる。  先程の部隊が追い付いてきたのだろう。  しかしショウは確認も僅かにすぐに身を起こし、被弾する覚悟でまた駆け始め――背後で爆発が起きる。敵の手榴弾だ。  身を低くしつつ牽制射撃を行い、更にショウも手榴弾を投げる。爆発し、敵からの攻撃が一度止まった。その間に彼は低くしていた身を起こし、全速力で敵を引き離しにかかる。  ……これらの動作にかかった時間は、一分にも満たない。  一度でも判断を誤れば、死に直結していたであろう状況。それらを完璧にこなし、敵に反撃すらして見せたのは――彼の従軍経験によるものもあるだろうが――『子供達』であることが大きいだろう。  だが忘れてはならないのは、敵も『子供達』であることだ。 「ッ!」  再び銃声がし、足元に着弾する。もう追いついてきたらしい。……いや、これは……! (横から、撃たれた? 二手に分かれていたのか!)  光学迷彩のせいで正確な位置は分からないが、恐らくそうだ。後ろから追って来た者達は、多分自分たちに注意を向かせるために派手に立ち回ったのだろう。  舌打ちしつつ身を低くするショウ。多少移動速度は落ちるが、まずは被弾しないことが最優先だ。その上で小銃のセレクターをフルオートにし、撃たれた方向へ向けて弾をばら撒く。  一人でも頭数を減らす、最悪足止めでもきればと考えての行動だったが、大した意味はなかったらしい。すぐさま反撃され、逆にショウの方が移動を制限された。 (……この調子なら、後ろにいた連中もすぐに追いついてくるか。どうする……)  戦力差に過信でもしていれば、その隙を突くこともできただろう。だが彼らは油断など欠片もしておらず、一定の距離を保ちつつ牽制射撃を続けていた。 (いっそ適当な窪みにでも隠れて迎撃するか? だがあの様子だと、多分俺のことに気付いている。確実に潰すために、増援も要請しているかもしれない……迎撃などすれば、自殺するようなものだが……ん?)  ふと、ショウはそこで通信が入っていることに気付いた。  補助AI――通信や状況確認等のため、この時代の兵士には専属のAIが一人毎に支給されている――に回線を開かせたショウは、微かな笑みを浮かべると共に通信相手に向かって幾つかの言葉を交わしていた。  果たして、数瞬後。ショウは窪みになっている所に入り込み、小銃のマガジンを交換。周囲に視線を飛ばし、感覚を研ぎ澄ませて迎撃の準備を整える。  幾許かの時間、静寂が流れた。ふと、視界の端に小さな黒い塊が宙を舞うのをショウは捉える。発砲し、命中。それが爆発した。  直後、ショウに向けて弾幕が張られる。  敵分隊によるフルオート射撃。  夥しい弾幕に、顔を出すことすら難しくなる。窪みに入ったままショウは耐えていると、不意に銃声が止んだ。そしてショウの耳が、じゃりという微かな音を捉える。  小銃を放ったショウの体が跳ね上がり、ナイフと拳銃を握る。ブンという音と共に二人の兵士が姿を現し、ショウに切りかかって来た。  別動隊――敵は二手ではなく、三手に分かれていたのだ。そしてその三つ目が確殺の距離まで近づき、襲い掛かって来た。  銃声と金属音が連続する。交錯するナイフで火花が散り、拳銃の発砲音が響き渡る。  何度目かの銃声の後、ショウの足払いが兵士の一人に決まる。倒れ込む兵士の首にナイフを突き立て、もう一人に向かっては拳銃を乱射して牽制。放った小銃を拾おうとするも、敵は銃撃をものともせずに掴みかかって来た。  もつれあって倒れる二人。馬乗りになった敵兵がナイフをショウに突き立てようとし、それをショウは押しとどめる。そうしている間に複数の足音が近づいて来て、ショウは、会心の笑みを浮かべていた。  不意に、敵部隊の光学迷彩が解除された。突然のことに動揺を隠せない彼らだが、動揺している間にショウに馬乗りになっていた兵士と、他一人の頭がはじけ飛ぶ。 「スナイパー⁉」 「まずい、伏せろ――」 「うらああああああああああああああああああああああああああ‼」  そして。  彼らの声に被せるようにして雄叫びが轟き、凄まじい轟音が響き渡るのだった。
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