海賊水がこわい

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 あるところに海賊がいました。  目には眼帯、手には鉤爪をつけた、海賊です。  でも、どちらも偽物です。  それがないと、かっこつかないからです。  海賊はとても大きな船に乗っています。  海に落っこちて、溺れる心配がないからです。  海賊は泳げません。  水が怖いのです。  だから、お風呂にも入りません。  お風呂に入らないと、お母さんに叱られます。  それが嫌で海賊になったのです。  でも、子分たちは、みんなきれい好きです。 「親分、お風呂に入ってくれないと、困ります」 「海賊は風呂になんか入らなくてもいいのだ」 「海の潮でベタベタします」 「なめればいい」 「汗をかいてベタベタします」 「そのうち雨が降る」 「雨も水です」 「おお、それは怖い」  雨よりはマシだと、海賊は、渋々お風呂に入ることにしました。  眼帯と鉤爪をはずして、ガラガラッとお風呂のドアを開けると、誰かが先に入っています。 「おれの風呂に入ってるやつは誰だ?」  相手は後ろを向いています。  海賊は肩に手をかけました。 「おいってば」 「う、ら、め、し、や〜」  振り向いたのは、のっぺらぼう。 「ちょうどいい。おまえ、一緒に入ってくれないか」 「ぼくのこと、怖くないの?」 「おばけが怖くて海賊ができるか」 「なあ〜んだ、がっかり」  のっぺらぼうは、お風呂を出ていきました。 「あ、待ってくれ。ひとりにしないでくれ」  お風呂の中でひとりぼっち。  海賊にとって、これほど怖いことはありません。  すると、ザバザバザバァッと、お湯の中から大きな亀が出てきました。 「ありがとうございます。おばけが怖くて、水の中に隠れていたんです。お礼に竜宮城にご招待します」 「嫌だ。竜宮城は水の中だ。そんな怖いところにはいけない」 「そこをなんとか。乙姫さまもお待ちです」 「絶対に嫌だ」 「竜宮城に行かないと、汗でベタベタします」  亀はガバァッと口を開けて、海賊を飲み込んでしまいました。  着いたのは、竜宮城。  きれいなドレスの乙姫さまと、タイやヒラメが舞い踊っています。 「なんだ、竜宮城ってのは、亀のお腹の中にあったんだな」  乙姫さまは、スカートの裾をチョイとつまんで、恭しくお辞儀をしました。 「おいでくださいまして、ようこそだわ。わたし、いっぺんでいいから、本物の海賊を見てみたくて、海の底に住んでいたのよ」 「早く帰してくれ。おれは水が怖いんだ」 「まあ、大変ですこと。それなら、玉手箱を差し上げるわ」  と、小さな小さな箱をくれました。 「こんなもの、いらん。じいさんになってしまう」  と、返そうとしましたが、乙姫さまは蓋を開けてしまいました。  モクモクモクと煙が出てきて、まわりが見えなくなりました。 「決して、箱を閉めてはなりませぬ、ですわよ」  遠くで乙姫さまの声がしました。  海賊がようやく目を開けられるようになると、そこは砂漠の真ん中でした。 「うえー、暑い。誰か水をくれ。喉が渇いてたまらん」  すると、空がたちまちかき曇り、雨雲がたちこめて、真っ暗になりました。 「こりゃありがたい。雨だ」  ところが、降ってきたのは雨ではなく、アリでした。  黒い雨雲に見えたのは、アリの大群だったのです。  アリは、激しく降って、瞬く間に砂漠を覆い尽くしました。  アリたちは、地面に落ちると、先を争うようにして、玉手箱の中に入っていきました。 「うへえ、こりゃたまらん。水はどこにいったんだ」 「君は水が怖いって、いってたじゃないか」  一匹のアリが立ち止まっていいました。 「飲むのは平気なんだ」 「君は亀に飲まれたんだよ」  というと、アリは玉手箱に入りました。 「こんなものがあるからいけないんだ」  海賊は玉手箱の蓋を閉めました。  すると、箱に入りきらなかったアリたちが、全部水滴に変わりました。  たちまち砂漠は海になって、海賊は溺れそうになりました。 「アップアップ。助けてくれ。水を飲んでしまう」 「大丈夫よ。のっぺらぼうには、鼻も口もないんだから、水は飲まないわ」  と、乙姫さまの声が聞こえました。  見ると、乙姫さまはのっぺらぼうでした。 「え、じゃあ、どうして君は喋れるんだ?」 「そ、それは、秘密ですわよ」  乙姫さまは、向こうを向いてしまいました。 「待ってくれ」  海賊は乙姫さまの肩に手をかけました。  振り向いた乙姫さまの顔には、目や鼻や口が。 「見〜た〜な〜」 「うわぁ、で、出た!助けてくれ〜」  そのとき、ガラガラッとドアが開いて、子分たちが入ってきました。 「親分、大丈夫ですか!?」  気がつくと、そこはお風呂の中でした。 「親分、ちゃんとひとりでお風呂に入れたじゃないですか」 「も、もう二度と、風呂には入らないぞ」
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