舞踏会、そして本の夢

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舞踏会、そして本の夢

「マリア様、そろそろ舞踏会の会場に到着いたします」 従者に声をかけられ、うつらうつらしていた私は目を覚ました。 馬車は既に検問所を通り抜けたようだ。整然と並ぶ煉瓦造りの建物群が、窓の外を流れてゆく。 もうじき、舞踏会の会場であるエーリス様の館に辿り着くだろう。 私は無事に、婚約者を見つけることはできるだろうか。 父の為にも、私は大きな権力を持つ男性と結婚しなければならない。 自分が家族の未来を背負っていると考えると、緊張で吐息が荒くなって仕舞う。 「大丈夫ですよ。マリア様はきちんと貴族の作法を弁えていらっしゃいますし、きっと良い方と結婚できますよ」 幼い頃から私に仕えていた従者は、私の心の声が聞こえたようにそう言ってくれる。 人からそう言われると、少し安心できるものだ。 私は「そうよね、大丈夫よね」と、自身を鼓舞するのだった。 下級貴族の私からしたら贅沢な食事が、品よく白いプレートに乗せられている。 巨大なシャンデリアは私たちを見下ろすように館内を照らし、オーケストラが交代しつつ絶え間なく耳に心地よいクラッシックを流し続ける。 「月」をモチーフにした、透明に近い水色の布を用いた私のドレスも、此処にいるとその美しさが霞んで仕舞う。 本当に、天国のような場所だ。 他の客人に倣って食事を楽しんでいると、午後九時の鐘と共にエーリス様のお声が館内に響いた。 近頃発明された集音器を用いているのだろう。 「午後九時から午前零時まで舞踏会があります。客人の皆様は、運命を共にする伴侶を見つけれると良いですね。では、舞踏会の始まり始まり!」 エーリス様の台詞が終わると共に、音楽は転調し、軽やかなものとなった。 皆、近くにいる異性に踊りを申し込みに行っている。 「私と一緒に踊っていただけませんか?」 声をかけられ、振り向くと。そこには、エーリス様の御子息がいた。多分三男のノア様、だ。 白銀の髪を丁寧に結っており、背は低く、他のご兄弟よりは見目麗しくは無いが、それでも綺麗だ。 「わ、私で良ければ、是非…!」 ノア様にリードされつ、学んだ通りにステップを踏む。 彼の優しい瞳を見て、私は彼と結婚したいと強く願った。 家柄や野心、家族の為ではなく、自分の為に。 幸福の時間はあっという間に過ぎ去り、あっと言う間に午前零時となって仕舞った。 「マリアさん、泊まっていかれて下さい。ガルシア領は此処から遠いでしょう?」 「で、では、お言葉に甘えて…」 皆が解散していく中、ノアと共に屋敷の奥へ進む。階段を登り、一室へ通された。 「では、ごゆるりとお寛ぎください」 重圧なドアを閉めると、室内は完全な無音となった。 先程までの舞踏会の喧騒や音楽が全て夢の出来事のように思えてくる。 ふと、書き物机に本が載っているのが目についた。 紅色のなめし革の表紙にタイトルは刻印されていない。 ちょっとした好奇心で、はしたないとは思いつつも私は項を捲ってみる。 《プロット》 1…下級貴族マリア、エーリス家の三男坊ノア(仮)と結婚(側室) 2…本妻のユアン(仮)に嫉妬、マリアは彼女を殺す 3…地下監獄送りとなったマリア、そこで一人の少年と出会う 4…少年と監獄を脱出、逃走劇(3〜4章の予定) 5…捕まる。ただ、少年だけが罪を被り死刑。マリアは自責の念を背負って生きる 6… 初めのページにはそう書かれていて、文字を読み進めていくごとに手が震えるのがわかった。 そうか、私は物語の中に生かされていただけの存在なのか。 何故かすんなり、納得できた。 「6」以降の展開は白紙だ。 けれどいつか、その先の未来も確定する時が来るのだろう。 …ああ、ノア様に恋した私が馬鹿みたいだ。 先程まで熱く燃えたぎっていた恋の炎が、急速に冷えていくのを感じる。 次の項に目を通すのが怖くて、私は本を読むのをやめる。 そして。 (こんな陰鬱な未来を受け入れるくらいなら、先にノア様を殺して仕舞えばいいじゃない) 物語の予定調和を乱す為、私は護身用の短刀を片手にノア様の姿を探す。 見つけた。 運命の分岐点、物語の決められた道から離脱する時だ。 私は思いっきり短刀をを振り上げ、ノア様を斬りつけた。 ノア様のうめき声と共に、真っ赤で暖かい返り血が私を染め上げる。 そして、目の前が真っ暗になった。 比喩表現ではない。本当に、意識を失うように目の前が暗くなったのだ。 「マリア様、そろそろ舞踏会の会場に到着いたします」 従者に声をかけられ、うつらうつらしていた私は目を覚ました。 …何か、嫌な夢を見ていた気がする。 そうだ、本の夢だ。 エーリス様のお屋敷で本は開いちゃいけない。 何故か、そう思った。 馬車は既に検問所を通り抜けたようだ。整然と並ぶ煉瓦造りの建物群が、窓の外を流れてゆく…
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