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物語を読む理由、その解
幾度も剣を振り、弓を引き絞り、戦術を学び。
不可抗力で、大好きな算学や物語と縁のない世界へ引き込まれていくのを感じた。
元から弱い身体にも、心にも、稽古や対話の度に痣ばかり増えて。
武術を重んじる我が国の王女として武芸に長けていなければならないのはわかるが、辛かった。
濃厚な深緑の香りを運ぶ風に頬を撫でられ、私は目を覚ました。
自由を象徴する、すっかり馴染んだ木の天井が目に飛び込んで、まず安心できた。
第三王女の特権で、森の奥の別荘で趣味と勉学に没頭して生きて行く道を選んだこの世界が夢だったらどうしよう、なんて一瞬思って仕舞ったからだ。
私は確かに此処に立っているのだ。これは夢のような不安定なものではない。
身分を隠して夢だった小説家にもなることができたし、今日は小説でも書こうか。
手早く身支度を済ませながらぼんやり考えていると、羽音とともに、窓から白い影が飛び込んだ。
純白の鳩。嘴に咥える封筒を、愛らしい仕草で私に差し出してきた。
伝書鳩だ。色まで厳選しているとびきり高価な伝書鳩。
父の部屋からよく飛び立っていたのを思い出し、気分がズンと重くなる。
十中八九、婚約者候補のことだろう。
けれど手紙を見ないわけにもいかず、気が重いながら文を受け取り、目を通した。
…。我が国の一部を収めるエーリス公の御長男からの便りだった。
この手紙が父を経由してここにやって来たことを示す様に、王の身分を証明する判子が捺されている。
私の問いに、私の満足できる解を出した者でないと結婚する気はない。
面倒だが、結婚をしなければこの生活をやめさせられる可能性もある。
私は使い慣れた万年筆を手に取って、問一の文を鳩に託した。
「…ここの、マリアがユアンを殺した描写が少々生々しいですね」
万年筆を動かす手を止め、羊皮紙を丸めてゴミ箱に放り込む。少し工夫が必要かもしれない。
そろそろ寝るとするか、と片付けたところに、鳩が飛び込んできた。
解は…。ふむ、悪くはないだろう。
鳩に水と餌を与え、問二の文を渡す。次が楽しみだ。
顔も知らぬ婚約者候補の解は私を十分満足させるものばかりだった。
その地にしか生えない草花を乾燥させたものを時折封筒に同封したり、文章の最後に決まって心配の言葉を書いてくてる優しさも良い。
徐々に彼と文のやりとりをするのが楽しくもなって来ていた。
だが、最後の問い。これに応えられなければ私は彼を容赦なく切り捨てる。
『貴方は、何の為に物語を読んでいますか』
小説家の私を十分に認めてくれる人物か見極めなければ。
数日後、伝書鳩が窓から飛び込んできた。
待ちに待った文を受け取る。封筒を開けるのももどかしかった。
早く彼の導いた解を知りたい。
『私はまだまだ浅学菲才の身。何のためにと問われたら、先ず、物語から学ぶ為と申しましょう。しかし、これはあくまで私の話。きっとミア様には貴女なりの理由があります。だからきっと、それは永遠に解無しの問いです。何色にでもなれる問いの解を問うなんて、きっと貴女は真に物語を愛し、向き合う方なのでしょう』
そう書いた文と共に、赤薔薇の花びらが入っていた。
解無し―――
私が求めていた解を出した彼ならば、きっと私を認めてくれるだろう。
私は高まる鼓動を感じながら、見合いの申し込みの文を書いた。
結婚したら、武芸に励むことを強いられたあの頃より窮屈かもしれない。
けれど今度は。
苦しくても、辛くても、隣で支えてくれる誰かがいる。
理解者がいる。
それだけで、私は息が出来る。
伝書鳩を送り出した空の青が、私の瞳には、いつもより鮮やかに映った。
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