雪桜蝶

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 四月です。  花は咲き、鳥は歌い、お日さまの光が、ぽかぽかと生き物たちを温めます。  でも、その日はとっても寒い日でした。  みづはさんは、明日が入学式。  小学校の一年生になるのです。  幼稚園を卒園するとき、友達100人できるかなと歌いました。  大きな赤いランドセル、鮮やかな黄色い帽子。  ピカピカの一年生になるのを、楽しみにしていました。  それなのに、どうしてこんなに心が沈んでいるのでしょう。  みづはさんの両親は、郊外に新しい家を建てたので、お引越しをしたのです。  それは、大人にとってはほんの少しの距離でしたが、みづはさんには、何もかもが変わってしまうくらい、遠い遠い距離でした。  しかも幼稚園のお友達とは、みんな離れてしまって、みづはさんだけ、別の小学校に通わなければいけないことになったのです。  新しい家は山の近く。  家は広いのですが、街はしいんとしています。  お日さまは、分厚い雲に隠れてしまっていました。 (今頃、みんなはどうしているだろう)  みづはさんは、幼稚園のお友達のことを思いました。  明日はみんなそろっておしゃまな格好をして、同じ小学校の体育館で入学式に出ているはずだったのです。  でも、その中に自分はいません。  新しい家のお庭に出て、ひとりぼっちで暗い空を見上げると、目頭に熱いものが込み上げてくるのでした。  するとそこに、ひんやりとしたものが触れました。  なんだろうと思ったら、次から次へと、白いヒラヒラしたものが舞い降りてきました。  寒いはずです。  それは雪でした。  山の上を見ると、空が真っ黒。  雪は山から降ってきたようでした。  四月に雪が降るなんて、珍しいことです。 (寒いわ。こんなんじゃ、明日学校に行けないよ)  ブルッと震えて、家の軒下に入りました。 (さみしいな。一年生になんかならなくていいから、前のおうちに帰りたい)  雪はちらちらと降ってきます。  地面に降りると、一瞬だけ、お庭を白く染めて、滲んで消えるのでした。 (あれ、なんだろう?)  お庭の石の上に、消えずに残っている、ひとひらの白い雪がありました。  どうしてそこだけいつまでも残っているのだろう。  みづはさんは不思議に思って、寒い中をジャンパーを羽織って、お庭に出ていきました。 「あっ、蝶だ」  雪だと思った白いものは、蝶でした。  みづはさんの声に驚いたのか、蝶はひらひらと飛んで、今度はお庭の桜の木に止まりました。  みづはさんは、そーっと近づきました。  近くで見ると、ほんのりピンク。  見たことのない蝶でした。  蝶はじっとみづはさんを見つめたまま、その場でゆっくりと、羽ばたきを繰り返しています。 「山から来たのかな。怖くないよ。お友達だよ」  目と目が合ったような気がして、みづはさんは、にっこりと笑いかけました。 「おいでよ。寒くないよ。雪なんてすぐに溶けちゃうよ」  そのとき、急に強い風が吹いて、みづはさんは思わず手で顔を覆いました。  しばらくして目を開けてみると、まるで、降りしきる雪の中にいるみたいでした。 「うわぁ…」  舞っていたのは、蝶でした。  みづはさんのまわりを、白い蝶の大群が、ひらひらと飛んでいました。 「蝶がいっぱい。お友達、いたんだね」  雲の切れ間から、まっすぐな日の光が射して、蝶の羽にあたって、キラキラと弾けました。 「あれ?」  すると、どうしたことでしょう。  あんなにいた蝶は、すっかりいなくなっていました。  お庭は、風に落ちた桜の花びらでいっぱいでした。  次の日、ぽかぽかとした春の陽気の中、みづはさんは、お母さんに手を引かれて入学式に行きます。  校門をくぐると、満開の桜が出迎えてくれました。  ひらひら、ひらひらと、風に乗って花びらが、気持ちよさそうに流れていきます。  同じように、お母さんに手を引かれた小さな女の子と目が合いました。 「おはよう、あなた一年生でしょ」 「どうしてわかったの?」 「だって、ランドセルに蝶がいるもん」  どういうわけか、一年生の子のランドセルには、桜の花びらではなくて、みんな蝶が止まっていたのです。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!