魔法の絵の具

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 あれはティアがいなくなったときのことだったの。  ティアっていうのは、犬の名前だよ。  わたしが生まれる前からこの家にいて、いつも一緒に遊んでたんだ。  わたし、ティアが大好き。  毛がふさふさしてて、柔らかくって、あったかいの。  ティアの耳の先に鼻をつけてね、くんくんすると、とってもいいにおいがするよ。  ママはくさいっていうけどね。  ママがいうには、ティアはわたしより小さいけど、すっごいおじいちゃんなんだって。変なの。  きっとお昼ごはん食べないから、大きくなれなかったんだよ。  あと、お絵かきするのも好き。  お人形の絵とか、お花の絵とか、ティアを描くのも好きだよ。  大きくなったら、わたしは絵描きさんになりたいな。  あるときね、しばらくティアはお医者さんに行ってたの。  そしたらね、ママがこういったの。  ティアはもう帰ってこないのよって。  えっ、なんでって聞いたら、ママはね、ティアはお空の上に帰ったっていうんだ。  だってティアのおうちはここでしょっていったんだけど、わたし、びっくりしちゃった。  本当は違うんだって。  お空の上には犬の国があって、ティアはそこから来たんだって。  わたしが寂しくないように、先にこの家に来てくれてたんだそう。  そうだったんだ。  どうして帰っちゃったのって、ママに聞いたら、わたしが大きくなったから、ティアはもう寂しくないと思って、帰っちゃったんだっていうの。  えっ、そんなことないよぉ。  それで、わたしはね、お外に出て、お空の上を見上げたの。  犬の国って、どこかな。  あの大きな雲の上かな。  ティアがひょっこり顔を出すかな。  でもね、どこを探しても、ティアは見つからなかったんだ。  夜になっても、まだ窓からお空を見上げていたの。  ママは、もう寝なさいっていったけど、わたし、いつもティアにおやすみいってたんだもん。  そしたらね、星がキラって光って、何かがわたしの目の中に降ってきたの。  じわじわじわって、目が熱くなって、何かが溢れてきたんだ。  ううん、泣いてないよ。  そうじゃなくて、これはティアからの贈り物だったんだ。  わたしがあんまり悲しむものだから、ティアがお空の上から魔法の絵の具を送ってくれたんだよ。  これを使っていつものように、絵を描いてって。  だからね、わたし、さっそくティアの絵を描いたんだ。  そしたらね、びっくりだよ。  絵の中のティアが、こっちを見て尻尾を振ってるの。  目を丸くしてたら、ティアが画用紙から飛び出してきたんだ。  ティアったら、嬉しそうに、わたしに飛びついて、顔をペロペロするのよ。  なあんだ、ティアも寂しかったんじゃない。  お空になんか、帰らなくてもいいんだよ。  わたし、嬉しくなって、ティアの首に抱きついちゃった。  その日はティアと一緒に寝たんだ。  ママはダメっていうけどね。  ティアの背中って、とっても柔らかくて気持ちいいんだ。  それからね、わたしはいつも魔法の絵の具で、ティアの思い出を絵に描いたんだ。  ティアがゴロンっておへそを出したときとか、耳の後ろをかいかいしたときとかね。  いつもティアは、尻尾を振って出てきてくれるんだよ。  すごいでしょ。  だって、これは魔法の絵の具だもん。  ティアに会いたくなったら、いつでも魔法の絵の具でお絵かきすればいいんだ。  でもね、だんだん魔法の絵の具が少なくなってきたの。  あんなにいっぱいあったのに、今はこれっぽっち。  ティアの絵がうまく描けなくなっちゃった。  なんだか、ティアがだんだん遠くに行っちゃう気がする。  ねえ、ティア。もっと魔法の絵の具をちょうだいよ。  そんなある日ね、幼稚園から帰ってきたら、ティアがいたの。  あれ、わたしまだお絵かきしてないよって思ったけど、ティアじゃなかった。  ティアにそっくりだけど、ティアよりずっと小さい。  それに、ティアはわたしを見ると尻尾を振って近づいてくるのに、なんだか怯えたようにわたしを見てる。  するとママがいったの。  この子はね、エミィっていって、ティアの代わりに来てくれたんだよって。  エミィもそのうちお空に帰っちゃうのって聞いたら、やっぱりそうなんだって。  でもずっと先。  わたしが大きくなるまで、家にいる予定なんだってさ。  でも、どうしても用事があるときは、それより早く帰らなきゃいけないんだって。  ママは、そのことはちゃんとわかってねって、いうんだけど、平気だよ。  わたし、わかっちゃったんだもん。  エミィが魔法の絵の具をたくさん持ってきてくれたってこと。  ほら、もう溢れてきちゃった。  エミィ、こんにちは。  急いで帰らなくてもいいからね。  ゆっくりしてってね。  わたし、お絵かきが上手だから、どれだけ思い出作ってもいいよ。  だから、いっぱいいっぱい思い出作って、いっぱいいっぱい笑わせて、ね。
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