花に盲目

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 身長がオレの方があるから、必然的に彼女の頭はオレの胸元あたりにきていた。まるで、駄々を捏ねる子供のように額をぐりぐりと押し付けてきては、抱きしめられている腕に力が入ったことが分かった。  何故だか、抱きしめ返して良いのか分からずに手が空を彷徨ってしまう。 「あのね、來李先輩」 「……はいッス」 「本当は、言おうかずっと悩んでたんです。でも、私。來李先輩の困った顔を見たくなかったから。もしも言って、來李先輩から他にも良い人が居るとか言われたら立ち直れる自信が無かったからずっと内緒にしてたんです」  心なしか、涙声のような気がした。 「私、本家からね。婚約者とか決められていたの。でも、全部蹴った。先日の翡翠先輩も候補だったみたいなんですけど、きっちり本人にお断りを入れて蹴りました。正直な話、まだまだ婚約者候補とかいっぱい居るしまた、下手をしたら本家に戻されるかもしれない。でも、でもね」  そっとぐりぐりと押し付けられていた頭を上げては、その涙の膜が張られている瞳でオレを射貫く。  その綺麗な瞳で、透き通るような目で見られてしまうとオレは動けなくなる。  まるで、魔法でも掛けられてしまったようだ。 「私は、來李先輩が良い。來李先輩と一緒じゃなきゃ、いや」  きゅっと、喉が。  心臓がわしづかみにされたのではないかと思った。  やっぱり、彼女は少しだけ変わっている。  だって、どこぞのオジョーサマの癖に何も持っていないオレを最終的に選ぶのだ。そりゃ、オレだって少しは考えた。だけど、どうにも離してやることはできなさそうだ。  今回、連絡もなしで居なくなって痛感した。  この子を離してあげられそうにない。  離してやるものか。 「オレも」 「んー?」 「オレも、優衣くんが良い。優衣くんじゃなきゃ、いやだ」  情けないほどに弱々しい声が出てしまって、内心で自分でも驚いてしまった。  優衣くんはそっと顔を上げてから、何かを思いついたのかいたずらっ子のような表情をしてはニマニマと口角を歪めては楽しそうな声色でオレを真っ直ぐと見据えては話し出す。 「実はこれ、翡翠先輩には言ったんですけど。まだ本人に言って無かったなぁって思いまして」 「……翡翠くんには言って、オレに言ってないって」  少しだけ不満そうに目を細めては、不機嫌そうな雰囲気を出してしまう。だって、そうだろう。オレじゃなくて、違う人物に言っているんだ。  少しくらいやきもちを焼いてしまってもしょうがないだろう。 「んふふ」 「なぁに、笑ってんスか。ほら、さっさと言う」 「あのね。私は、來李先輩がいなくても、生きていけるの」 「……そーッスか」  何だか、少しだけイラッときた。  当たり前だろう。散々離したくないと思っている当人からそんなことを言われるのだ。いっそうのこと、オレしか見れない様に躾けてやろうか、だなんて物騒な思考が頭に過ってはかき消す。 「でもね」  それはまるで花が咲き誇ったような、可憐なオレの大好きな笑顔。 「來李先輩が居ないと、幸せにはなれないんだよ」 「……そッスか」 「あ、ちょっと嬉しそうにしてる」 「当たり前ッスよ。だぁーって、オレも優衣くんと同じ意見なんで」  まぁ、オレの場合は優衣くんが居なかったらきっと生きていけないのだけど。  そんな重苦しい感情を、まだ優衣くんは知る必要もないだろう。  その感情を知る時には、彼女もオレと同じところまで落ちてきてもらわないと。 「シシシ」  ぎゅっと、少し強いくらいに抱きしめ返してからパッと離しては手を握る。 「さぁて。んじゃ、帰りましょうか。オレたちの居るべき場所に!」 「ちょっと遊んでから……冗談でーす」  まだ何も知らないで無邪気に飛び回っていればいい。  だけどいつか、いつかきっと、いずれは。 「來李先輩?」 「さぁて、まず帰ったら……玲央さんにお礼を言ってくッスかねぇ」  今はまだ待っててあげる。  行儀よく、待てをしていてあげる。  だから、早く此処まで落ちてきて、オレの愛おしい唯一の可愛い子。
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