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志紀さんについて行きながら、屋敷の中を歩いて行く。
歩いているのは中というよりも、庭を隠れながら歩いているのだが。
「オレ、入っちゃって大丈夫なんスか?」
「ええ。私のお客さんですし、本家から何か言われた際には玲央くんの名前を出せば下手な手出しは出来ないわよ」
「……玲央さん、そんなに凄いんスね。いや、まぁ。何となくは知ってましたけどぉ」
こんな恐ろしいほどに立派な屋敷でも、通じることが出来る玲央さん。
あの人が凄い人であることは知っているが、如何せん普段のぐうたら具合が身に染みているので凄いと思うことが出来ないで居る。まぁ、働いたらその分のお駄賃はくれるのでオレ的には一向に問題はない。
「優衣ちゃん、お客さんが来たわよ」
そっと志紀さんは、一つの襖の前で立ち止まっては声を掛ける。
ゆっくりと開かれる襖。
「なぁ、……な、來李先輩!?」
「よ!いやぁ、中々連絡が付かなかったから心配したッスよ」
へらり、と何でもない様に笑う。
正直、こんな軽口を叩けるほどの心情ではない。多分、この場にオレと優衣くん二人きりだったら今すぐにでも彼女をこの腕の中に閉じ込めて逢えなかった分を埋める様に離すことはないだろう。
だが、此処は人さまの屋敷であるしこの場には彼女のお姉さんでもある志紀さんも居るのだ。
下手な真似など、出来る訳もないだろう。
「心配してくれたんですね……!」
「そりゃ、当たり前ッスよ。オレはアンタの彼氏様なんでね」
「……ほら、ちゃんと靴と携帯に財布を持って来たから。これで拉致された時のものは全部揃ってる?」
志紀さんはそっと可愛らしいオジョーサマみたいな恰好をしている、優衣くんの前に鞄を渡しては靴を置く。
本当に、用意周到というか何と言うか。
敵に回したくない人だな、と思った。
「うん、大丈夫!じゃあ、私は王子様からのお迎えが来たから帰りまーす」
「ええ。こんな妹ですけど、末永くよろしくお願いしますね、來李くん。あ、あと玲央くんにもよろしく伝えて置いてくれるかしら」
ニコニコととんでもないことを言われたような気がする。
優衣くんは気にしていないのか、ニコニコと笑ってオレの手を握って屋敷から立ち去って行く。オレは去り際に志紀さんに会釈をしてそのまま優衣くんと共に学校へ戻る為に新幹線乗り場まで歩くことになった。
「どうして迎えに来てくれたんですか?」
「どうしてって……。突然、居なくなったら探すに決まってんでしょ。莫迦なんスか、優衣くんは」
「……うん。少しだけ莫迦みたい。でも、すっごく嬉しかったですよ」
そっと手を握りしめたまま、くるりと回っては心底嬉しそうに微笑むものだからせめて連絡の一つくらいは寄越せと文句を言いたかったのだが、何だかどうでも良くなってくる。
最終的には、こうやって再び逢えたのだからまぁいっか、とか。
だけど、何処かに行くときはちゃんと言葉にして教えてほしいな、とか。
「本当は」
そっと口を開く。
何食わぬ顔で笑って流したり、呆れたりとかしていても。結局のところ、オレも所詮は十七歳の男子高校生ってわけでして。
あまりにも、周りに居る連中が凄すぎる人が多いから捨てられたのかもとか、飽きられたのかもしれないとか結構思ったりもした。そりゃ、そうだ。だって、彼女は分けてだてなく皆に接していて明るくて可愛くて、どうしようもなく守ってあげたくなる。
だけど、周囲の連中と比べてオレには何もないから大丈夫なのかとか、どうすれば良いのかとか。
「……本当はさ。愛想でも尽かして、どっかに消えちゃったんじゃないかって、恐かった」
「來李先輩」
「あーあ、何からしくねぇや。……でもさ、玲央さんとか翡翠くんとか。周りがあまりにも凄すぎるから、時折思っちゃうんスよ。いつか、きっと優衣くんもオレに愛想を尽かしてどっかに消えちまうんじゃないかって。だけど、それでもオレは」
そのまま握られていた手を離されて、刹那彼女に抱きしめられる。
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