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彼女の不注意だった、と聞いている。彼女はスマホを見たまま道路へ踏み出して、そして、車に撥ねられた、と。そこは大きい道路への合流地点だった。合流地点すぐ手前のバス停でバスを降りた芽里は、ガードレールの隙間から道路に出て、歩道へ渡ろうとしたのだろう。そして支流から来た車に、撥ねられた。芽里はバスを降りて、俺に電話をかけようとしたに違いない。電話をしようとスマホをいじって、近付く車に気付かず。中型車に撥ねられ、ガードレールと道路に強く頭を打った。
「芽里、今どこにいる?」
なかなか来ない芽里を心配して電話をかけたが繋がらなかった。その時残した留守電のメッセージの返事は、今も聞いていない。芽里は俺のことを家族に話していなかったらしく、なんとか人伝いに芽里について聞けたのは、4日後のことだった。芽里はもう、骨になってしまったよ、と。その一言がどれほど冷たく聞こえたことだろう。たとえそれが元の柔らかさも暖かさも保っていなかったとしても、もう二度と彼女の頬を撫でることはできない。最後に彼女の頬に触れたのはいつだったろう。彼女の髪を手で梳いたのはいつだったろう。彼女の手を握ったのはいつだったろう。彼女の唇に触れたのはいつだったろう。あの太陽のような笑顔を俺に向けることはもうない。輝く瞳が俺を見つめることもない。青空のよく似合う声が俺の名を呼ぶこともない。彼女が電話をかけてくることも、もうない。嘘であってくれ、と芽里に電話をかけた。「どうしたの?」いつものように、そう彼女が出てくれることを願って。何回目かも分からなくなったコール音が涙で張り付き、俺は尋ねた。
「なあ芽里、今、どこにいるんだ?」
芽里から電話が来たなら、俺は喜んでそれに出るのに。
もしもし、私芽里。今、あなたの家の前にいるの。
たとえそれが、人ならざるものだったとしても。
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