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「もしもし、私芽里。今、どこにいる?」
気付くと俺はスマホを耳に当てて立っていた。ここは、どこだろう。白い世界だ。
「……芽里?」
「うん、芽里だよ」
懐かしい声が、耳に届く。
「……ああ、そうか、夢か。そっか。でも、芽里、なんだね?」
「うんそう、芽里。今、どこにいるの?」
覚めてしまう夢なんて嫌いなのに、と思いながら返事をする。
「……芽里がいなくなった日のまんまだ」
不意に、鼻の奥がツンとする。
「……そっか」
涙が溢れた。
「ねえ、芽里こそ今、どこにいるの? なんで電話してくれないの? どこにいるの?」
「歩」
優しく、芽里が俺に呼びかける。
「歩。ごめんね。勝手に先に行っちゃって、本当にごめんね。私はもう、歩がすぐには来れない所にいる」
もう封印したはずの嗚咽が、こみ上げてくる。
「でもきっといつか、歩も私と同じところに来るから。それまではどうか、歩は歩の場所にいて。勝手にいなくなったくせにこういうこと言うのは、酷いけど」
「……芽里ともっと、同じ場所にいたかった」
「私もだよ。でも歩は、歩の場所で生きなきゃダメなんだよ。私は前を向いている歩が好きだから」
優しく、芽里が背中をさすってくれているようだ。
「でも、芽里を忘れたくない。過去にしたくない。思い出にしたくない」
「無理に忘れるなんて、そんなのできないよ。忘れなくていい。前に進むっていうのはね、無理矢理忘れたり過去にしたりすることじゃない。歩の『今』と『将来』に目を向けること。大丈夫、歩が望むなら、私はずっと、歩の心の中にいるから。思い出を、私たちの宝物を、そっと胸にしまっておいて。宝箱の中で、いつでも見られるように」
「……そう、なれるかな」
「なれるよ、大丈夫」
「信じて、いい?」
「うん」
芽里の優しい微笑みが目に浮かぶようだった。俺も少しだけ、口元に笑みを浮かべる。
「……ありがとう。こうして夢枕に立って、背中を押してくれたんだね」
電話の向こうで芽里がいつものように明るく笑う。
「これはあくまで歩が見てる夢だよ。歩はちゃんと、自分がどうすべきかわかってる。だから、大丈夫」
「……そっか」
俺は、芽里に背中を押してもらいたかった。どうすべきかわかっていても、きっと何もできなかった。これがただの自己暗示のようなものだったとしても、芽里がそう言ってくれるなら、俺はまた、歩き出せるだろう。
「歩、頑張って生きてね」
「うん」
「歩」
芽里が大きく息を吸った。
「大好きだよ」
ああ、きっと彼女は、いつものように、本当に素敵な笑顔で笑っているのだろう。
「俺も、大好きだよ」
そして、満足そうに、嬉しそうに、
「そっかあ」
と言って、ふふふ、と笑った。
「ねえ歩」
「ん?」
「……今、どこにいる?」
少しだけ笑う。
「……芽里がいなくなって、半年ぐらい経った日だよ」
芽里が電話の向こうで深呼吸をして、小さく「うん」と言った。
ツー、ツー、ツー。
スマホを耳に当てたまま、ゆっくり上を見る。
「……ああ」
いつの間にこうなっていたのだろう。一面の星空が広がっていた。
「ありがとう、芽里」
きっと俺たちが幸せを願った星も、このどこかで輝いて、この星空を造っているに違いない。目を閉じた。
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