17時60分

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 ある日の仕事帰りのこと。  僕の一日に、17時60分という、余分な1分間が生まれた。  初めは本当に困惑した。  大パニックだ。  気付けば周りから人は消え、都会の街に自分一人だけという、奇妙な空間ができあがっていた。  助けを求めようとスマホを取り出せば、時刻は17時60分と記されていたのだ。  人がいなくなっただけでなく、17時59分までに立っていた場所とは異なる場所に移動していた。それもパニック要因の一つだった。  訳も分からず、人気のないビル街をとりあえず駆け回ったものだ。  神隠しにでも遭ってしまったのか?  ここはどこなんだ?  一生このまま1人きり?  死ぬまで元の世界に戻れないのか?  なんて不安が押し寄せて過呼吸になりかけたが、1分が過ぎてしまえばそれまで自分がいた17時59分の続きに引き戻された。  1分間駆け回った後、現実に引き戻された僕は、肌寒くなってきた夏の終わりに似つかわしくないほど汗だくになっていた。  走ったせいもあるが、九割は冷や汗だ。  道行く人は息を荒らげている僕を変態でも見るかのような目で通り過ぎていった。  疲れだ。働きすぎだ。  疲労が溜まって変な幻覚を見てしまったんだ。  そう思ったが、それから毎日、僕には17時60分という時間が発生し続けた。  初めの頃はただの疲労を疑ったが、回数を重ねれば重ねるほど、次は根本的に自分の頭、精神を疑うようになる。  だが、どうにもこうにもその現象以外僕は正常で、健康で、まさに心身共に良好だった。  それに、その1分間は幻覚とも思えず、現実そのものの感覚だった。  暫くは不安に襲われる日々を送った。  まあ、そうは言うものの、こう毎日だと慣れるものだ。  今ではこの状況を楽しんでいる自分がいる。  他人よりも1分多く時間を得ているのだ。そんなの優越感に浸ってしまうに決まっている。  と言っても、何か得をしているかと言われれば、何もないのだけれど……。  お喋りしようにも人はいない。  人がいないから店も何も稼働していない。  ショッピングモールに来たからと言って、商品を勝手に持っていく度胸なんてないし、誰かの家に無断で忍び込む趣味もない。 「はーあー。最近は優越感も薄れてきて、つまんなくなっちまったなー」  なんて、この超常現象が当たり前になっていた時だった。 「……え?」  僕は、1人きりだった1分間の世界で、初めて人間を見た。  暇を持て余してのんびりと知らない街を歩いている僕の遥か前方に、女の子が立っているのが見えた。  腰まである長い髪をそのまま風になびかせるその子も、僕の存在に気付いてくれたようだった。
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