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車椅子を動かすハンドリムに手をかけたまま、じっと僕を見上げている女の子。
口角を吊り上げて、僕をからかうような笑みを浮かべている。
薄ピンクのパジャマを着ている。
「き、君……」
上手く言葉が出ない。
僕のことをちゃんと覚えているのか。
どうしてこの場所に現れてくれたのか。
何故僕はあの時間を失ってしまったのか。
聞きたいことは山ほどある。
だけど、それ以上に、伝えたい感情がせり上がってくる。
「お兄さん、最近流行りのおまじない知ってる?」
だが、僕が口を開くよりも、女の子の方が先に声を発した。
「お、おまじない?」
「そう、おまじない。知らない? 流行ってるよ?」
「知らない、けど……。ていうか、おまじないなんて非科学的なこと……」
「信じてない? 実は私もだったよ。でも実際変なことが起こって、お兄さんに会えた」
「変なことって、まさか」
「そう! 17時60分!」
「ま、まさか。あれは、君のおまじないが原因ってことか?」
「きっとそうだよ! 最近は手術だったから、やめちゃってたけどね」
そう言って彼女は、隣にそびえる大学病院を見上げた。
手術。
その言葉に、思わず車椅子に目を落とす。
薄々気付いてはいたが、やはり彼女はどこか具合が悪いらしい。
きっと、重い病に違いない。
だから生きる時間を引き伸ばすために、妙なおまじないをしたんだろう。
「おまじない、続けるのか?」
「え? なんで?」
深刻な態度で聞いた僕の言葉に、素っ頓狂な声で聞き返してくる彼女。
「なんでって……」
「だって、もう必要ないもん」
それは、病気が良くなったからか?
それとも、変に覚悟でもしてしまったから?
「なんで不思議がってるの? 私、もうお兄さんに会えたじゃん」
彼女のその言葉に、僕は困惑する。
「僕に会えたからって……」
「あ、ごめんなさい。流行りのおまじない、知らないんだったね」
彼女ははにかんで、少し照れたように目を泳がせ、数回瞬きをした。
「運命の人と会えるおまじない、だよ」
こちらを探るように向けたれた彼女の眼差しに、僕の心は射抜かれた。
僕が彼女を求めてしまっていたのは、どうやら彼女が運命の人だったかららしい。
「病室からお兄さんが見えて、思わず出てきちゃった。会えて、凄く嬉しい。この前は、急に具合悪くなって、行けなかったから……」
そう言って幸せそうに笑う彼女を見て、僕は心に決めた。
この子がどんなに重い病気でも、諦めずに添い遂げよう。
彼女が意気消沈しても、毎日毎日励まそう。
暇をしていたら逐一連絡を取って、トランプでもしてあげよう。勉強だって教えよう。
彼女が眠るまで話をしてあげよう。
僕が、一生彼女の心の支えになろう。
だって僕は、この子の運命の人なんだから。
「君のことを、もっと知りたい。教えてくれ」
車椅子の前に跪き、色白のその手を取って、僕は彼女に微笑んだ。
彼女も、愛らしいその顔に笑顔を浮かべた。
「これから、よろしくお願いします」
僕に最愛の恋人ができた瞬間だった。
ちなみに、彼女の病名は盲腸だった。
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