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第9話 正体
地獄に仏……。
そこに光があれば、闇はない。
だけど……これはどういう……。
蓮は、身動き一つせずに、じっとその方向を見つめていた。
あまりにも動きを見せない蓮に、羽矢さんが声を掛けた。
「蓮」
呼び声に蓮が振り向く。
「……羽矢。お前は当然、知っていたんだよな?」
「当然だ。だから初めに聞いただろ。総代は何を考えている、と。それにお前も運び出された仏の像で、事を察したから俺に門を開けさせたんだろう?」
「……ああ。『地蔵菩薩』……だったからな……」
蓮は、そう答えると深い溜息をついた。
蓮の思いは僕もよく分かっている。
確かに運び出された仏の像は地蔵菩薩だった。
地蔵菩薩だったから、羽矢さんのところに来たんだ。
それは地蔵菩薩と冥府には繋がりを持つものがあるからだ。
「だからお前を呼んだんだ」
「お前……俺が言わなくても門を開けたのか……?」
「その目で確かめた方がいいと思ってな」
「……そうか。悪かったな……面倒掛けちまったようだ」
「いや。そこに通じる事が出来るのは俺くらいだし、面倒だとは思っていない」
羽矢さんが言葉を続ける。
「神仏混淆……総代にはその境界がない。境界がなければ、全てのところに立ち入る事が出来るって訳だ。それはこの冥府だけじゃない。死の後に来るものは、仏の道なら、輪廻転生、神の道なら、そのまま神だ。お前も知っているだろうが、神道に輪廻転生の概念はないからな。仏の道でも六道の中に天道がある……神の道で言うなら天界だ」
「地蔵菩薩は、冥府の王、閻王の正体……正体を……何故……」
蓮と羽矢さんの話の間が少しだけ開いた。
「蓮……お前……俺に聞きたい事、あるだろ」
羽矢さんは、言いづらそうに蓮に言った。
「聞く必要……ねえよ。羽矢……お前、これ見るの二度目だろ」
「ああ。総代に頼まれちまったからな……昨夜、一度開けている」
「……昨夜……」
「俺は、お前に謝るべきか……な……」
「……いや」
蓮が静かに答えると同時に、羽矢さんの口調が楽天的に変わる。
「そっか。じゃあ……」
満面の笑みを見せたかと思うと羽矢さんは、僕を背後からグッと抱き締めた。
「え……なんで……ここで僕……? 羽矢さん……!」
「……羽矢」
蓮の低い声が流れると同時に、蓮は羽矢さんの鼻をギュッと摘んだ。
「痛っ……蓮っ……悪かったって……!」
羽矢さんから奪うように蓮の手が僕を掴んだ。
「蓮……」
強引に蓮の手に引かれる僕は、蓮の腕に包まれる。
痛みで鼻を押さえていた羽矢さんだったが、蓮の腕の中にいる僕をちらりと見て、蓮に視線を向けると、ふっと笑って言った。
「少しの隙でも見せれば奪われる。そうやってしっかり掴んでいろよ、蓮。絶対に離れる事のないようにな」
羽矢さんの僕に対する行動と、蓮に言ったその言葉が、後に理由へと結びつく事になるとは、この時は思いもしなかった。
だけど蓮には分かっていたのかもしれない。
羽矢さんの言葉に何も答えず、じっと羽矢さんを見ていた。
羽矢さんは羽矢さんで、蓮が目線を逸らすまで蓮を見ていた。
この二人の中では、そうだと思っていたものがあったのだろう。
『光が差せば闇は消える。だが……闇には実体がない。ただそこに光がないだけだ。ないものをあると認識するのは、あまりにも無知というものだ。それがどういう事かお前なら分かるだろう、蓮』
ただそこに光がないだけ……。
それは『無明』と同じで、ないものをあるとは言えないからだ。
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