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第10話 人神
「なあ……蓮」
「なんだ?」
「……総代は……何か大変な事に巻き込まれているんじゃないか……?」
蓮は、僕をそっと解放した。
「なんだよ、大変な事って」
さらりと答える蓮に、羽矢さんが呆れたような溜息をつく。
「お前さあ……」
「じゃあ、そう聞くなら逆に聞くが、巻き込んでいる奴は誰なんだ?」
「おい……蓮……」
蓮の目が何かを伝えるように、羽矢さんをじっと捉える。
「羽矢……ここはお前の領域だったよな?」
「ああ、そうだよ。何、今更」
「どっちの領域だ?」
「どっちって……お前……」
「死神か坊主か、どっちだって聞いてるんだよ」
強い目線で羽矢さんを見る蓮。
圧を掛けるかのような態度に、羽矢さんは小さく息を飲んだ。
「巻き込まれているのは、羽矢……お前の方じゃねえか」
「門を開けた時から分かっていた事だ」
「開ける前に分かれよ」
「お前、性格歪んでるよな? 分かっていたから開けたんだろーが。俺は、お前の為だと思……ってって……あ」
「俺の、為? へえ? そう。なんで?」
蓮……歪んでるって言われたの、反応しないんだ……。
「ああーっ……! ここ本当に俺の領域か? なんにも隠せねえじゃねえかっ」
「知らねえよ。信じられねえならいっその事、領域外だと認めちまえ」
「蓮……そしたらここから出られなくなるだろーが……え? どういう事?」
「……」
「なに……蓮……黙るなよ。怖えんだけど」
蓮が無言になった事に、羽矢さんは少し戸惑いを見せる。
蓮は、そんな羽矢さんの肩をポンと軽く叩いて、そのまま手を置いた。
「昨日、僕と蓮は、神仏混淆の名残りがある山に登りました。頂上に辿り着く前に、道は二つに分かれていたんです。どちらがどちらと決める事は難しく、それはそこに神と仏が併存していたからです」
『蓮……! 待って下さい……!』
「そもそも、俺と依にそこに行けと命じたのは、お前が言う『総代』だからな」
「目的は蓮が式神を得る事と……境界を確認する事でした」
「まあ……蓮が式神を持つというのは理解出来るが……境界の確認、ね……神仏混淆の名残りがあるところに、境界はないだろう」
「でも羽矢さん……あの場所には霊魂が浮遊しているんです」
「ああ、成程ね。人神があるって訳か。意向が一致しないな。まあ…… 一致する場合もあるんだろうが……」
「はい」
「人神を式神にするのは難しいんじゃねえか。主従関係おかしくなるぞ」
羽矢さんの言う通りだ。だから僕は、蓮を行かせたくなかった。
他の何よりも……誰よりも……そう思っていた。
「うーん……そもそも人神って祟りを鎮める為に祀るという俗習だからな……。怨霊信仰か……うーん……」
羽矢さんが頭を悩ませる。
「……怨霊信仰……ねえ……」
羽矢さんは、何度も同じ言葉を繰り返し、思考を巡らせているようだ。
「なあ、蓮。意向が一致して……祟るというその怨念を利用出来る奴がいるとしたら……」
「地蔵菩薩をお前のところに託した意味も、理解出来るって訳だ」
「蓮……だからお前……」
蓮がニヤリと笑みを見せる。
「羽矢。当然『抜け道』は知っているよな?」
「俺以外に……道を知っている奴がいるって事か」
羽矢さんは、目を閉じ、大きく息をつくと目を開けた。
「やってくれるね……」
……表情が変わった。
「俺を誰だと思っている? 伊達に二つ名を持っている訳じゃない。俺の許可なくその道を通す訳にはいかないな」
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