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第11話 隙間
表情が一変した羽矢さんを見る蓮は、満足そうだった。
「ようやく本気になったか、羽矢」
「あ? なんだって?」
蓮を振り向く羽矢さんは、苛立った顔を見せている。
「……本気って……ただ単に機嫌が悪くなったように見えますが……」
僕は、苛立ちを露わにする羽矢さんを見て、少しハラハラしていた。
「羽矢の場合、機嫌が悪くならねえと、本気にならねえだろ。自分の領域が侵されるのだけは、極度に嫌うからな」
鼻で笑う蓮に、羽矢さんの機嫌が更に悪くなる。
「俺だけじゃねえだろっ! 誰だってそうだろーがっ!」
「黙れ。声が響き過ぎだ」
「……」
口を噤んだ羽矢さんだったが、それは蓮に言われたからではないだろう。
真顔になる羽矢さん。吐き出した苛立ちが、冷酷を呼ぶようだった。それに合わせて、蓮の表情も真顔に変わった。
それが何故なのか、僕にも分かった。
僕たちの方へと、何かが近づく気配を感じる。
圧迫を与える空気感。それが段々と強く感じてくる。
その気配が目で捉えられるまでに近づいても、それは『姿』というには形がない。
そこにある空間をモヤモヤと動かしている……揺れ動いて見えるそのものに、何かがそこにいるというのは分かった。
羽矢さんの足が、ゆっくりと前に半歩だけ動いた。
羽矢さんに反応を見せるかのように、揺らめきが一度だけ大きくなった。
腕を組む羽矢さんのその佇まいは、凛としていた。
そんな羽矢さんの様子を見る、蓮の口元が笑みを見せる。
羽矢さんは、真っ直ぐに視線を置くと、口を開いた。
低く、静かな声が、彼の今の姿をはっきりと映し出すようだった。
「死神の名において命ずる。境界の隙間……冥府と下界を繋ぐ道を抜けようとする者、抜けさせようとする者を探せ」
……境界の隙間……冥府と下界を繋ぐ道……。
それが抜け道……。
ああ、そうか……。
門を開けなくても通る事が出来る道って事か……だけどそうであっても、人が通る事など簡単ではないのでは……。
……だから……『冥府』と『下界』なのか。通るのは人じゃない。
「……見つければ……如何に」
羽矢さんの言葉に、重く、空気を震わせるような声が返ってきた。
使い分けられる二つの顔……羽矢さんの目が、冷酷さを見せる。
低く、静かな声だったが、その声は、はっきりとした重さを持っていた。
「狩れ」
冷ややかに放たれた羽矢さんの言葉に、声が返ってくる。
「……承知」
その声が聞こえると、バッと風を切るように僕たちを抜けて行った。
羽矢さんの……使い魔……。
「……俺から逃げられると思うなよ」
「冥界と下界を繋ぐ道、ね……そもそも普通じゃそんな道ねえからな? 羽矢」
「まあな……」
羽矢さんは、そっと目を伏せると、呟くように言葉を続ける。
「死ななければ……そこに道はない。普通はね……。その道を作るのが、下界での俺の仕事でもあるって訳だけどな」
「……そうだな」
ふっと笑みを漏らす蓮は、羽矢さんをじっと見つめた。
「まあ……でも。流石は死神。狩れとは容赦ないな?」
「蓮……この領域での俺の名は死神だ。死神の専売特許が何だか分かるだろう?」
蓮は、興味深そうに羽矢さんを見つめると、笑みを漏らしてこう言った。
「ふ……『魂狩り』か」
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