76人が本棚に入れています
本棚に追加
第12話 総代
「依」
蓮の呼び声に蓮を見る。
スッと僕へと手が伸びた。
「髪が乱れている」
クスリと笑う蓮の手が、僕の髪にそっと触れた。
「あ……ありがとうございます」
さっき、羽矢さんの使い魔が通り抜けて行った時に乱れたんだ……。
「……」
……羽矢さん……?
僕と蓮をじっと見る羽矢さんの目が、少し気になっていた。
「なんだ? 羽矢」
蓮も気になったようだ。
無表情だった羽矢さんの顔が、急に笑顔に変わる。
「俺も依に触っていい? 蓮」
「今後一切、お前と会話を交わす事はなくなるが、それでいいか?」
「じゃあ、仕方がない」
ニヤリと笑う羽矢さんの行動に、僕は驚く。
「え……?」
「おいっ……羽矢……」
蓮に抱きついた羽矢さんは、蓮の耳に何か囁いたようだった。
羽矢さんの行動に、少し圧倒されていた蓮が、一瞬だけだったが怪訝な表情を見せた。
……蓮……羽矢さん……?
「離れろ、羽矢」
「はいはい」
蓮からパッと手を離すと、僕を見てニッコリと笑う。
「ごめんね、依。蓮が他に乗り換えたりしないか確かめてみただけだから、気にしないでね?」
「あ……はい」
……ん……?
なんか……なんだろう……。誤魔化されたような気が……。
僕の……気のせい……?
羽矢さんは、人を揶揄うのが好きだし……。
「依」
蓮がいつもと変わらない声で僕を呼ぶから。
僕は、なんでもない事だと深く考える事はしなかった。
「じゃあ、蓮。何か分かったら連絡するよ」
「ああ。よろしくな」
そう長い時間ではなかったと思っていたが、下界に戻った時には、もう夜になっていた。
時の差が……随分と……。
寺院を後にすると、僕たちは紫条家に戻った。
月明かりに浮かぶ人の姿を、庭園で捉えた。
……当主様……。
月を見上げる当主は、なんだか寂しげにも見えた。
緩やかにも流れる風が、当主の長い髪をそっと揺らす。
僕と蓮は、当主の元へと向かった。
僕たちに気づく当主は、腕を組んだまま、僕たちを待っているようだった。
「只今、戻りました」
蓮がそう答えて頭を下げた。僕も合わせて頭を下げる。
「藤兼のところに行っていたのか」
「はい」
「……そうか」
「お答え頂けませんか、父上。何故……」
蓮が問い始めると、当主の手が片手ずつ、僕と蓮の頭にそっと置かれた。
「お前たちなら……問わずとも分かる事だろう」
穏やかな笑みだった。
だけど、その笑みがなんだか寂しさを募らせた。
当主の手がゆっくりと離れる。
「それは……立場上での事ですか? それならば、これ以上、問いはしません。ただ……」
蓮は、そっと目を伏せると、言葉を止めた。
……蓮。
再度、当主を見る目は真っ直ぐで、強くて。
僕は、その覚悟について行くと決めていた。
「止めないで下さい。俺の事は」
蓮の言葉に、当主はふっと笑みを漏らすと口を開く。
「柊」
全ての神社、寺院に立ち入る事が出来、皆から総代と呼ばれる正式な陰陽師……。
「はい。わたくしはここにおります。流様……いつでも貴方様のお側に」
声と共に姿が現れる。
……これが……当主様の……式神。
「私には柊がいる。蓮……お前も、お前の力を支えてくれる者を大事にしなさい」
僕も蓮も気づいていた。
当主のその言葉には、当主には当主の進む道に進み、僕たちには僕たちの進む道へ進めと伝えていた。
そして、式神を見せたのは、自分の事は心配しなくていいと伝える為だろう。
その夜、眠りについた僕だったが、部屋に人が入って来る気配を感じた。
僕の髪にそっと手が触れる。
……蓮……。
蓮だと気づいても、目を開けるのもなんだか蓮を驚かしてしまいそうで、僕はそのまま目を閉じていた。
静かな声が降り落ちる。
「……依。お前だけは……俺の側にいてくれるよな……」
その声に直ぐに答えたなら、蓮を不安にさせる事はなかったのかもしれない……。
最初のコメントを投稿しよう!