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第8話 無明
「じゃあ……行くか」
羽矢さんの言葉に、開けられた門へと向かう。
門といっても、そこに外構がある訳ではなく、景色を割くようにも黒い空間が見えている。
その黒い空間の中へと、僕たちは入って行った。
冷たい空気の中に、時折混じる、生温い風。
中に進めば進む程、下界を照らしている陽の光は中には届かず、闇に変えていく。
だが、ここに闇が存在していたからと言うのは違うと言えるだろう。それは、羽矢さんなら尚更思う事に違いない。
僕は、近い距離で歩く羽矢さんをちらりと見た。
その目線に気づく羽矢さんは、クスリと笑う。
僕を揶揄うようなその仕草が、蓮を苛立たせたようだ。
「……羽矢。お前、もう少し離れて歩いても問題ねえだろ」
背後から不機嫌な蓮の声が流れた。
「あ? 何言ってんの。お前の大事な大事な依ちゃんが、誤って奈落に落ちたらどうすんの? 俺、そこ、領域外だから」
「……クソ死神」
吐き捨てるようにも言う蓮。
蓮にしては珍しい言葉使いだ。
「おや。名家の御子息ともあろうお方が、随分と下品なお言葉を吐きますな。なんならその苛立ちを無にする方法、指南して差し上げましょうか?」
「黙れ、クソ坊主」
「お前……全ての坊主、敵に回したぞ」
「心配するな、お前限定だ」
「それはそれは。そのクソ坊主に頼らなければならないのは、余程の屈辱だな?」
「はは。この領域で嘘はつけないからな。お陰で言いたい事を言わせて貰う事が出来るって訳だろう?」
「バーカ。言わせられてんだよ。気づけ」
そうなんだ。この領域では嘘はつけない。
そして、蓋が出来るはずの言葉に蓋が出来ない。
それに蓋をしてしまえば……。
「気づいてるに決まってんだろ。これを押さえ込んだら嘘をついてるのと同じだと取られるからな。この領域に従って吐いているまでだ」
それこそ奈落に落ちる。
「はは……本音って低レベルな自我感情だよな……本音って怖えな。なあ、蓮?」
「……全くだ」
蓮と羽矢さんの長い溜息が同時に流れた。
「……じゃあ、本音ついでに……」
そう言いながら羽矢さんが足を止める。
「依。蓮から俺に乗り換えない?」
「は?」
羽矢さんが僕に顔を近づけてくる。
「……いっその事、お前を突き落としてやろうか、羽矢。領域外に落ちるなら、お前の奔放もそれまでだろう」
「まあまあ、落ち着けって。嘘とは言わないが冗談だ」
歩を進めて行けば行く程、互いの姿が捉えづらくなる。
……暗い。真っ暗だ。
僕は、羽矢さんに支えられながら歩いているが、蓮は支えがなくても大丈夫そうだ。
暫くの間、暗い中を歩き続けていた。
だけど……。
その暗闇は、一瞬にして消える。
互いの姿が捉えられると、羽矢さんは口を開いた。
「光が差せば闇は消える。だが……闇には実体がない。ただそこに光がないだけだ。ないものをあると認識するのは、あまりにも無知というものだ。それがどういう事かお前なら分かるだろう、蓮」
「ああ……そうだな」
蓮が、僕と羽矢さんを抜けて前に出た。
僕たちの目線は、同じものを見ていた。
少しの間を置いて、羽矢さんの静かな声が蓮に問う。
「蓮……お前はその言葉の通り、真っ向から疑いもなく信じるか?」
その言葉の通り……か……。
真っ直ぐに前を見たまま、呟くように口にした蓮の言葉は、僕たちが目にしているもの……そのものだった。
「『地獄に仏』……か」
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