プロローグ  我が器

1/1
72人が本棚に入れています
本棚に追加
/182ページ

プロローグ  我が器

(げん)、視覚に置き、()、聴覚に置き、()、嗅覚に置き、(ぜつ)、味覚に置き、(しん)、触覚に置き、()、知覚に置く。我が器を(しょ)とし、境界を定める』  ……感覚が狭く感じる。  一つの名を持つものに対し、内部感覚は、境界の域を出ない。  同じに揃い、同じに纏まる。  だけど……。  手に取った短刀。手を握り、血が雫を落とすだけの傷を腕に作る。  机の上に置いた真っ白な紙。  ポタリと落ちて描く色……。 「……なにやってんだよ、(より)。またくだらねえ事、考えているのか?」  低く静かに流れる声は、僕の行動に驚きはしない。  僕は、彼を振り向かず、返事の代わりにクスリと小さく笑みを漏らした。  ゆっくりとした足音が、僕の背後で止まる。  血が流れる僕の腕をグッと掴んで、まるでこれ以上、血を流させやしないと言っているみたいだ。 「……馬鹿ですね、(れん)。そこまで深い傷など、作りはしませんよ」  僕は、ゆっくりと蓮を振り向いた。  笑みを見せる僕とは逆に、怒ったような強い目が向けられる。  僕の腕を掴む、蓮の手の力が強くなった。 「痛っ……」  思わず漏らした声。  蓮は、僕を真顔で見つめていた。 「認識出来たか?」 「……蓮……」  蓮が何を思っているかは、分かっている。  僕は、それを確かめていたのだから。  蓮は、僕の腕を掴んだまま、表情を変えずに言った。 「(げん)()()(ぜつ)(しん)()。それぞれに(しき)を足して認識出来れば、それがお前という存在だ。彩流(さいりゅう) 依」  ……認識出来れば……。  僕は、蓮から目を逸らして、苦笑した。 「……浅いんです」 「依……」 「見えていても、聞こえていても……痛みを感じても……この体は、僕のものですか……?」
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!