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「どうして、お昼なのに、おはようなの」
「あれ、おそようがよかった?」
「そういうことじゃなくて」
ぎゅうと唇を噛む。
目の前の男が、なあに、と甘く吐息を落とした。それが思い出の恋人と重なる。
彼はいつも、何、ではなくて、なあに、と少し幼い言い方をする。わたしはそれが好きなのだった。
髪の色も、肌も、唇の厚さも、目尻のしわも違うのに、どうして重なるの。
何より、声が。
声が、口調が、よく似ている。
「ねえ。今西暦何年か、忘れたのね?」
うん、と穏やかな相槌。
「わたしに名前は、名乗れないの?」
うん、ともうひとつ。
「わたしの親戚なのね?」
うん。もうひとつ。
「好きなものは煎餅」
ふたつ。
「好きな色は青」
みっつ。
「きっと泣き虫で怖がりでしょう。虫が苦手」
よっつ。
「トロンボーンが好き」
いつつ。
顎を落とすようにして頷きながら、男は掠れた声で言った。
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