天蓋

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天蓋

 空に(ふた)が現れたのはいつのことだっただろうか。  定かではないが、気づいたのは数か月前だったと記憶している。  人と交流していないがために、正確な情報は知らない。あれがいつ現れたのか。そしてあれが一体何なのか。  林と荒野の境目の草地で、座り込んで天を見(あお)ぐ。  夜のはずだが、空は異様に明るい。しかし月や星はその姿を覆い隠されている。  空は、というより空だったものは今、炎のように光を放つあまりに巨大な天井へと変化を遂げた。  その天井の光は場所によって明るさが異なる。そして常に(うごめ)いているように見える。しかし全体が光を放っているため、地上はその明かりに赤く照らされていた。  空に光る水が溜まっているようだ、と最初に目撃したときに思ったものだ。  そしてその感想は、まったくの的外れなものではなかったと、後にわかることになった。  あるとき、空が覆われているにもかかわらず、雨が降ったのだ。  しかしその雨はやはり、それまでのものとはまるで別物だった。  一粒一粒が天井と同じように輝き、なおかつ粘性が強い。  雨は蜘蛛の糸のように一本一本が長く垂れ下がり、そして地上を瞬く間に覆いつくしていった。粘性が強いがためにすぐに流れるということがないのだ。  しかし不思議と、動物にも植物にも悪い影響は大きくなかった。  むしろ天井が現れてから明らかに動物も植物も数が増えた。  どうやらそれは人間もまた同じだったようで、時折見かける自動車や航空機は、以前のものと比べて様々な性能が向上しているのがはっきりとわかった。  明らかにエネルギー効率が悪そうなハイテクノロジー。要は潤沢な燃料を無駄遣いすることによってしか実現し得ないような、コストを無視した性能の向上が明らかに見受けられる。  ということは、あの天井から落ちてくる雨は地上のほとんどの生命体にとって恵みだったことになる。  おそらく人間たちはそれを分析し、その雨が恵みになることやあの天井について、様々なことを知ったのだろう。
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