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2.決断の前夜
それから時は流れ直に一年を迎える。別に一年きっかりで決める必要もないのだが、まぁひとつの区切りた。私は実家を売却するつもりでいた。あまりにも古い戸建てなので維持するのも大変だろう。
週末を利用して実家を訪れた私はその日は実家に泊まることにした。最後に何となく実家で寝泊まりしてみたかったのだ。電気も水道もガスもそのままにしてあるし片付けのために定期的に訪れているので泊まるのに支障はない。
「よっこらしょっと」
いつも母が座っていた居間に座布団を敷き腰を下ろす。ここは母の定位置だ。テレビの前に置かれた昔ながらのちゃぶ台。テレビに向かって右側が母の、左側が私の場所だった。いつもと逆に座ると何だか変な感じがする。
「これが母さんの見てた風景、か」
ぼんやりとお笑い番組に目を遣りながらそんなことを思う。ふと思い立ち、座ったまま居間にある小さな茶箪笥の引き出しに手を伸ばした。そういえばここはまだ整理していない。何が入っているんだろうと引き出しを開けてみる。一段目と二段目は空。三段目の引き出しを開けるとそこにはお菓子が入っていたであろうアルミ缶の箱が仕舞われていた。何となく見覚えがある。蓋を開けて思わず笑みがこぼれた。
「ああ、懐かしい」
中にはぎっしりと折り鶴が入っている。折り紙ではなく広告の紙を正方形に切って折られた鶴たち。お金がなくて折り紙などなかなか買えなかった当時、母が広告を切って私にくれたものだ。
「そうだ、確か……」
折り鶴を取り出して開いてみる。すると紙の内側に下手くそな文字で“ケーキがたべたい”と書かれていた。
「願い事を書いてたのよね。七夕じゃないんだからって感じだけど」
次々に折り鶴を開いてみる。“じがうまくなりたい”、“あたらしいクツがほしい”、そんな子供らしい願い事が綴られていた。
「ん、これだけちゃんとした折り紙で折ってある」
一羽だけ、真っ赤な折り紙で折られた鶴がある。それを手に取った瞬間、ゾワリと鳥肌が立った。開けちゃいけない、なぜだかそう思う。奇妙に思いつつそのまま缶に仕舞い蓋をした。
「何だったんだろ、今の……」
背筋を冷たい手でそうっと撫でられたような感覚。その夜、私は夢を見た。とても奇妙な夢を。
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