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4.願い事
「今の夢……」
気付けばびっしょりと寝汗をかいている。しばらくの間ぼうっとしていた私は何だ可笑しくなって笑ってしまった。まるで母が父を殺しこの家の床下に埋めたみたいじゃないか。しかも私はその隣でニコニコしながら鶴を折っている。何ともシュールな光景だ。
「そんなことあるはずないじゃない」
思わずそう呟いた。そう、そんな事実はあるはずがないのだ。父は今から五年程前に亡くなっているのだから。じゃあどうしてあんな夢を? ひょっとしたらこの家には母の父に対する憎しみと殺意が澱のように溜まっているのかもしれない。そんな淀んだ想いがあんな夢を見せた……。
布団から出て居間に行き母が座っていた場所を見る。座布団をどかすと何だかそこだけがへこんでいるように思えた。うっすらと汚れを拭きとった跡のようなものもある。私はふと思う。そういえば父が死んだというのは母から聞いただけだ。もしかしたら父が亡くなったのは五年前なんかではなく本当はもっと前に……。そんな考えが頭を過り思わず苦笑する。ミステリー小説の読みすぎだろう。そうそう床下に死体なんか埋まっているもんじゃない。私は母が座っていた場所をそって撫でた。ひんやりとした畳の感触。
「でも、もしあの夢が真実なのだとしたら……」
しばらくそんな妄想に身を委ねた。母が父を殺し、この家の床下に埋めた。自分を守るために、私の願いを叶えるために。
「まさか、ね」
しばらくの間母の座っていた場所を眺めていた私は大きく深呼吸をしスマホを取り出す。叔母にこの家をどうかるか返事をするために。
「あ、叔母さんですか? ごめんなさい朝早くに。はい、美紀です。今、実家に来てて。ええ、そうです。それで、この家のことなんですが……」
叔母は私の決断に少し驚いたようだった。
「そうですね、確かに古い家ですが母の想いが詰まった家なので。来月には引っ越してくるつもりです」
母の思い出が、ではない。ここには母の想いそのものが詰まっているのだ。私は電話を切り母の座っていた場所に座布団を敷いて座る。今日からはこちら側に座ろう。手を伸ばし茶箪笥からアルミ缶の箱を取り出した。色とりどりの折り鶴の群れから深紅の折り鶴をつまみ出す。昨夜の嫌な感じはしない。懐かしいだけだ。夢で見た母の笑顔を思い出す。母言っていた。
『美紀ちゃん、願い事、叶ったね』
私は微笑んでゆっくり折り鶴を開く。そこにはこう書かれていた。
――おとうさんがしにますように。
了
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