1.母の死

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1.母の死

 一年前、私が四十二歳の年に母が六十五歳で亡くなった。特に悪いところもなくずっと元気に過ごしていたのだがある日突然倒れ意識の戻らぬまま亡くなってしまった。病院で寝付くのは絶対に嫌だと昔から言っていたので本人にとっては満足のいく死だったのかもしれない。両親は私が六歳の時に離婚している。どんな経緯(いきさつ)があったのか当時子供だった私に知る由もなく、母も話したがらなかったので結局はよくわからずじまいだ。  それから母と二人、貧しいながらも穏やかな日々を過ごした。お金はなくとも酔って暴れる父がいた頃よりずっとマシだった。母の実の両親も義両親も早くに亡くなっており頼ることのできる人もいない中、母はひとりでよく頑張ってくれたと思う。幸い、母の両親が昔住んでいた戸建てを結婚を機に譲り受けていたので住む所には困らなかった。私は社会に出て数年後から都心でアパート暮らしを始めたが母は築五十年は経っているであろうその家にずっと住み続けていた。何度かリフォームしてはいるものの随分とくたびれた家だ。  仲のいいとは言えぬ両親を見て育ったからだろうか、私は昔から結婚願望がなく結局独身のままこの年を迎えている。貯金もある程度できたのでそろそろマンションでも買って母を引き取ろうか、そう考えていた矢先の母の死だった。  葬儀の時、不動産屋に嫁いでいる叔母が声をかけてくれた。 「美紀(みき)ちゃん、この家処分するんだったら叔母ちゃん相談に乗るからね。このまま住むならそれもいいし」  更地にして売れば幾ばくかのお金は入ると思うよ、叔母はそうも言っていた。 「はい、ありがとうございます。しばらくは家の整理に時間がかかると思うので一年ぐらいは様子を見たいと思ってるんです」 「そうね、ここには絹代(きぬよ)姉さんの思い出もいっぱいあるだろうし」  絹代姉さんというのは母のことだ。 「この家を処分することになったらその時はまた相談に乗ってください」  私はそう返事をし叔母に頭を下げた。
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