こんな雨の日は

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 京也に連れられて入ったセレクトショプ。雨のせいか今日は空いてると言って嬉しそうな京也に、蒸し暑くて居心地が悪いと思っていた俺は「さっさと済ませろよ」なんて言いながら隅にあるベンチに座り、一人待つことにした。 「たくちゃんも一緒に見てよ。俺の服、選んでよ」 「そんなの自分で選べよ。お前なら何でも似合うよ」 「そう? ふふ……ありがと。じゃあちょっと待っててね」  単純だな、なんて笑いながら俺は何気なく店内を見渡した。「何でも似合う」と言ったのは別にお世辞でもなんでもなく、本当に京也なら何でもカッコよく着こなすと思って素直に出た言葉だった。男の目から見ても京也は人目を引くいい男だと思う。人当たりもいいし、前向きで性格もいい……だから今まで恋人がいたことなんかないと聞かされた時は驚いたっけ。 「あ……」  京也の姿を目で追いながら、思いがけない人物が目にとまり瞬時に胸が苦しくなった。蒸し暑さのせいなのか、額に滲んだ汗が頬を伝うのがわかる。ジワリと首筋にも汗が滲むのに、何故だか頭のてっぺんから冷えていくような気持ち悪い感覚に陥った。  俺の視線の先に入り込んできた元カノ──  楽しそうに笑いながら、俺の知らない男の腕に密着するようにしがみついて服を選んでいた。  そうだ……あんな顔して笑ってたな。  もうすっかり忘れていた元カノの笑顔に少しだけ懐かしい気持ちになりつつも、やっぱり気持ち悪さは拭えそうになく、どうしようもなくこの場から逃げたい衝動に駆られてトイレに向かおうと立ち上がった。 「ちょっと! たくちゃん? 大丈夫?」  立ち上がった途端目眩のようなものに襲われフラつくも、いつのまにか側に来ていた京也が咄嗟に支えてくれた。 「あ……ああ、俺……トイレ行ってくる」 「え? うん。大丈夫?」 「平気。買い物終わった? ごめんな、ちょっと待っててな」  俺は心配そうに見つめる京也の視線からも逃げるようにトイレに向かった。  大丈夫……  大丈夫……  店内が暑かっただけ。俺は何ともない。京也が心配する…… 俺は大丈夫。  鏡の前で自分に言い聞かせる。  暑さでたまたま、ちょっと具合が悪くなっただけ。ちょうどそんな時に元カノの姿を見かけただけだ……  俺は水道で軽く顔を洗った。生温い水でも今の俺にとっては心地が良かった。  小さく一度深呼吸をする。  京也が支えてくれた力強い腕の感触を思い出し、不思議と気持ちが落ち着いてくるのがわかった。 「顔色悪いよ……大丈夫?」  トイレから出たらすぐそこで京也が俺を待ち構えていた。  心配させてしまったと思い「ごめんね」と謝ると、珍しく京也は怒ったような表情を見せた。 「ごめんじゃないだろ! なあたくちゃん、何でそんなにお人好しなの? 怒ったり泣いたり文句言ったりしてもいいんだよ? そうやってさ、いっつも我慢我慢ってしちゃうから気持ちが悪くなるんじゃねえの?」  俺は何で京也に怒られてるのかわからなかった。 「俺があんなのよりずっとずっと美人でいい女なら、たくちゃんの新しい恋人だって言ってわざと見せつけるようにしてさ、あいつの前でキスだってしてあげられるのに……でも俺は男だから、男だからこうやって一緒にいてもただの友達にしか見られない……あんな嫌な女、たくちゃんと別れて失敗だったって後悔させてやりたいのに! ギャフンって言わせてやりたいのに……ゴメンね、俺が男でゴメンね」  ああ……元カノがいるって京也もわかってたのか。そのせいで俺が具合が悪くなったと心配してくれたのか。  そして俺の代わりに怒ってくれてる……  何を言うのかと思ったら、そんなことで気に病んで悔しがっているなんて。  それにしたって「ギャフン」って、と笑いそうになったけど、京也の顔を見たら至極真面目に、目に涙すらためて怒っていているから、乾いた笑いが少し出ただけだった。
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