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雨もそんなに悪くない
明らかにたくちゃんの様子がおかしかった。
その視線の先にあったのは仲よさそうな男女の姿……
たくちゃんは真っ直ぐにその人を見つめていた。
「あの女……」
一瞬にして俺は怒りがこみ上げる。そんなヘラヘラして男といちゃつきながらたくちゃんの前に現れるなよ!
真っ青な顔をして急に立ち上がってどこかに行こうとするたくちゃんを、俺は慌てて引き止めた。引き止めたというより、その場でフラつき倒れそうになったのを支えただけ。明らかに動揺してるのに、たくちゃんはなんでもない風な顔をして「大丈夫」なんてシレッと言った。
俺はずっと見てきたからわかるけど、こうやって怒りもせず自分の中に押し込んで具合まで悪くなっているたくちゃんを見て、もどかしくなってしまった。
怒りたかったわけじゃない。
悔しくてしょうがなかったんだ──
俺が揶揄うことで少しでもムカつく気持ちや悔しい気持ちを吐き出せればって思っていた。雨が降る度に沈んでいるたくちゃんに少しでも笑って欲しかったから……でも全然俺なんかじゃ癒してあげられないのが悔しかった。
「ギャフンって……」
呆れたような、少し嬉しそうな複雑な表情をしたたくちゃんが俺を見て笑っている。悔しくて思わず自分の感情を曝け出してしまい恥ずかしくなったけど、彼が笑ってくれた事が俺は凄く嬉しかった。
「ちょっと! 笑うことないだろ」
「いや、京也はいっつもこうやって俺のことを笑わせて和ませてくれてんだろ?」
「笑わせてって……俺今のは真面目に言ってんだからね、たくちゃんわかってる?」
「わかってるよ、うん……いつもありがとな」
たくちゃんがいつもの調子を取り戻したことに安心した。
帰り道、もう雨はやんでいてポタポタと雫を垂らす傘を片手に並んで歩く。
「俺の代わりに怒ってくれて、ありがとな」
素直な言葉に胸が熱くなった。
たくちゃんはきっと俺の気持ちに気付いている。
でもそれもきっと気がつかないふりをしてるんだ──
「それにしたってキスはないだろ……そこまでしてもらわなくたっていいからね」
部屋に帰り、たくちゃんはまたさっきの話をぶり返す。俺の言った事が気になるのかな? 少し疲れた様子でベッドに腰掛け窓の外に視線を向けた。
やんだと思っていた雨がまた静かに降り始め、部屋の窓を濡らしている。一筋雫が落ちる度、俺は最初に出会った時の涙を思い出していた。
「いや、俺はたくちゃんにならキスだってできるよ? もう無理して大丈夫なフリしなくたっていいから。ずっとそんなんじゃ疲れちゃうよ? 人生で一番って言っていいくらいの酷い思い出を共有してんのは俺だけなんだからさ、俺の前でくらい気ぃ抜いてもいいんじゃね?」
ジッと窓の外を見つめているたくちゃんの背中を見つめながら、俺は続けた。
「俺の気持ち、もうわかってるんでしょ?……こんなこと言ってゴメンね。でも俺……そこらの女よりたくちゃんのこと笑顔にしてやれる自信あるし、側に置いておかない理由もないと思うんだけど……」
たくちゃんが断れないのをわかってて俺は告白をする。たくちゃんはいい人だから……お人好しだから、きっと俺を傷付けまいとしてくれる。
ズルイって思われてもいいんだ。
たくちゃんはまだ認めたくはないだろうけど……きっと俺のことを好きになってくれるはず。
「ね? たくちゃんだって俺と一緒にいるの、楽でしょ?」
「………… 」
「俺の初めての恋人になってください。最初は親友からでもいいから──」
「……ん」
小さく頷くたくちゃんの、細い頸に口付けた。
「はっ? 今何した?」
慌てて振り向くたくちゃんの顔が真っ赤になってる。なんだ、満更でもなさそうじゃん。
「こ、こういうのはもうちょっと経ってからな。まだ心の準備とか、そういうのが……ね」
これからは嫌なことを思い出さないように二人で雨の日には楽しい思い出を埋めていこう。
そう約束をする、そんな二人の初めての梅雨の日だった──
end…
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