Side 健心

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Side 健心

10月15日。またこの日に戻ることができた。 伊坂祭里(いさかまつり)は、会社の同期で、俺は密かに彼と親しくなるチャンスを狙っていた。 αとΩには、世界で一人だけ運命の相手がいると言われている。会社説明会で最初に会ったとき、伊坂の薔薇のような芳しいフェロモンを感じた。伊坂は俺の「運命の番」だと思った。 でも、俺は「運命の番」になんて将来を決められたくなかった。 伊坂は小柄で控えめだけど、芯はしっかりしている。会社の親睦旅行でしつこく誘われている女性社員のために、相手に注意しているのを見かけたことがある。 「権力で相手に言うことを聞かせるのは間違っています。女性を欲望の対象としてしか見ていないなんて、可哀想な人だ」 普段は寡黙な伊坂だが、女性社員を後ろに庇って、言い切っていた。他の社員も通りがかったから、相手はヘラヘラ笑って去って行った。俺はこの瞬間に伊坂自身に惚れた。 「運命の番」の補正なのか、元々伊坂の容姿は好ましいとは思っていたが、それから伊坂を見る度に胸が高なった。伊坂は派手な美人ではないと思うが、可愛らしい容姿をしている。Ωは男性でも妊娠できる。つまり男女ともパートナーにできるということだ。他の奴らが伊坂を見る目も気になる。 伊坂は俺を「運命の番」としては認識していないようだった。でも俺は伊坂を「欲望の対象」として見ているのは明らかで、あんな啖呵を切っていた伊坂との距離をどう縮めようと思っていた矢先だった。 伊坂は10月15日の夜、帰宅途中に車に跳ねられて死んでしまった。跳ねられそうだった小さな子を庇って死んだそうだ。 次の日、葬儀の知らせを受けて、俺は運命を呪った。その日、その場所を通らなければ、伊坂は死ななかった。 その時、なぜか1日だけ時間が巻き戻るループが始まったのだ。 1回目のループでは、伊坂と少しでも親しくなりたくて、昼飯に誘った。昼飯は断られたが、帰り道は同行できた。俺は伊坂の帰宅を見守り、飛び出そうとする小さい子を引き止めて、交通事故には合わなかった。 アパートの部屋に入る伊坂を見送り、ホッとして帰宅した。伊坂が死んだのは悪い夢だったのかもしれないと思った。 次の日、伊坂は部屋にいた空き巣と鉢合わせて、空き巣を捕まえようともみ合い、階段から落ちて死んだと聞いた。 俺があと10分、伊坂を見守っていたら、死なせることはなかったのに… もう2度と伊坂に会えないのかと、絶望に打ちひしがれていたら、2回目のループが始まった。 2回目では、何と伊坂と一緒に昼飯を食べられた。伊坂を路地裏にある喫茶店に誘った。古くからある喫茶店だが、目立たないせいか近所の人だけが通っているような店だ。伊坂は喜んでくれて、かわいい笑顔も見せてくれた。 勢いで夕飯も誘ったが断られた。一緒に帰る約束はして、また交通事故は防いだ。 それから近くのテイクアウト専門店に寄り道した。 これで空き巣にはあわないはず。念のため、伊坂が部屋に入ってから、1時間は見守った。 まさかガス設備の不具合で、室内で死亡するとは思いもよらなかった。 何度愛する番が死ぬ苦しみを味わうのか。 ループが繰り返すほど、伊坂とは親しくなり、益々伊坂への気持ちは強くなるが、伊坂は死んでしまう。 伊坂にこの繰り返す1日のことを話そうとは思ったが、伊坂は平然としていて、何度も死ぬ経験をしたようには見えない。話すことで好転するか判断できずに、話さなかった。 3回目のループが始まった。今日は伊坂を朝から見守ることにする。実は会社から見ると伊坂のアパートと俺のアパートは逆方向だが伊坂のアパートの前で待ち構えた。昼飯を一緒に食べたときに夕飯も誘ったら、今度は頷いてくれた。今夜は家には帰さない。 また交通事故を防いでから、伊坂とは料理が美味しい居酒屋に行った。酒の入った伊坂の少し赤い顔や、トロンとした表情がとてもかわいい。帰ると言い出さないように酒を勧めた。伊坂は酔って寝てしまった。 日付が変わる頃、伊坂をタクシーに乗せて俺の部屋に連れてきた。
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