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オレは転生するらしい
目の前で、立膝で座る格好で浮かんでいるべっぴんさんを見て、オレはポカンと口を開けちまっていた。
だって、こんなん驚くに決まってんだろ。
さっきまで息が苦しくて、いろんな管につながれてて。
「じいちゃん!」
「ナースコール押して!」
ったく、ウルサくってかなわねぇ。
ゆっくり寝かせろってんだよって思ってたら、いきなり真っ白でピカピカな場所に放り込まれてたんだから。
なんにもない白い空間で、フワフワ浮いているべっぴんがオレを見下ろしてんだけど、驚くのはそれだけじゃねぇ。
「なにバカ面さらしてんだよ、オメェはよぅ」
いきなりこれだよ。
カワイイ顔して、口が悪ぃったらねぇんだ、このべっぴん。
「こっちの説明、聞いてっか?あぁ?耳どこにつけてんだよ」
立膝に乗せた、キレーなあごがくいっと上がる。
にしても。
(イイオンナだなぁ、おい)
「オンナじゃねぇよ、女神だっつってんだろ!何回言わせんだ、このボケナスっ」
おーおー。
イイオンナ(女神だとよ)ってぇのは、目ぇ三角にしてもキレーだなぁ。
最初にこのオンナ、いや女神を見たときには、白くて長ぇドレスみてぇなのを着てて、そりゃあイイ笑顔だから、ほれぼれした。
「女神です」と言われたときには、ああ、そうなのかと納得したんだけどよ。
「はぁ~、ダル。ちょっと座らせてもらうぜ」
いきなりやる気のない顔になったと思ったら、座るっちゅうか、空中に浮いちまったんだから度肝を抜かれる。
ま、体自体がもうねぇんだから、抜かれる肝もねぇけどよ。
「オイ、オレは死んだんだろ?」
「だな」
どこから出したのか、女神は書類のようなモンを手にしてめくっている。
「今どき紙?神だけに?ペーパーレスじゃねぇのかよ」
と冗談を言えば、女神らしからぬ、バカにしたような顔がこっちに向けられた。
「紙に見えてんなら、そりゃオメェの認知が古いんだよ。ダジャレもイケてねぇし。もっと若いヤツラには、タブレットに見えるらしいよ」
へぇ、そういうことか。
こっちの見方しだいってこと。
てぇことは、この女神がヤンキーなのはオレの認知?
あー、若ぇころは、けっこうムチャやったからなぁ。
ペラリペラリ。
女神はオレの認知の紙をめくっていく。
「ほぅほぅ、そーかそーか。ま、アタシんとこで審査するんだから、こんなもんだよな。はい、転生決定~」
女神が手にした紙を面倒くさそうに放り投げると、手品みたいに空中に溶けていった。
「え、転生って、異世界にか?チート能力、選び放題?」
「オメェはよぅ」
呆れ顔の女神がじっとオレを見つめている。
「ヤンキー上がりの83歳にしては、よく知ってんなぁ」
「孫と本の貸し借りするんだよ」
「文学青年ならぬ、文学ヤンキーwwウケるー、ラノベ読んでたってか」
なんかムカつくな、この女神。
「オレは山本周五郎を貸したけどな」
「渋い孫に、ライトなジジィだなぁ」
カラカラと女神らしからぬ笑い方をするけど、その声は、孫に無理やり連れていかれた教会で聞いた、ハンドベルってやつの音みてぇだった。
「残念だけどよ、そんな能力はアタシにはねぇんだ」
立ち上がった女神は糸の切れた風船のように、フワリすぅっとオレのほうに降りてきた。
「生まれ変わるのは現世だよ」
「エンマとか、十王の裁きとかねぇの?」
「こっちにも事情ってもんがあるからなぁ」
ぼりぼりと頭をかいてる仕草はめちゃくちゃ行儀悪いけど、サラサラしたキレーな髪は、山の湧き水みたいに揺れている。
ほんと。
口さえ閉じてりゃ、ベラボウにイイオンナだ。
にしても、不思議なんだよなぁ。
髪の色とか着てる服とか。
分刻みでコロコロ変わりやがってよ。
次から次へと衣装替えしてるコスプレイヤーみてぇで、目がチカチカする。
「おい、ジジィ。コスプレまで知ってる83歳とか、楽しすぎんぞ」
「孫とコミケに行ったこともあるからな」
「どんだけよ」
「それにしても女神様」
「お、やっと女神って認めたな」
「なんでコスプレしてんの」
「バーカ。これもオメェの認知だよ」
ニヤニヤと人の、いや神の悪い顔で女神が笑った。
「オメェの”女神”のイメージが、コロコロ変わってんだよ」
「それが投影されてんのか」
「そーそー、てか、なんだこれ?!おま、魔法少女のカッコとかねぇぞ!ミニスカ?!このエロジジィっ!」
「いやあ、こっちの認知っていうから、イケるかと」
「いっぺん死んでみっか?コラぁっ!」
「死んでんだよ」
「そうだったな」
この女神、いろいろ大丈夫だろうか。
「コホン」
ヤンキー女神はひとつ咳払いして、ケンカ上等の態度を改めた。
「とにかく、ちょっとやんちゃしたけど、そのあと無事更生。大してクソ面白くもねぇ、善良な生涯を終えたヤツはさ、裁きに回されずに、担当神の審査で転生が決まるんだよ」
「へぇ、そんなんでいいのか」
「いいもなにも、審査部の手が足りねぇからな」
「どこも人手不足だなぁ」
「人じゃねぇけどな」
「全知全能ってやつはウソかよ」
「全知全能なのは、特別なヤツだけだよ」
「ああ、女神さまは、そこそこの神ってか」
「殺すぞ、テメぇっ!」
「死んでるけど?」
「そうだったわ~」
オレの担当女神、本当に大丈夫だろうか。
魂が震えるほど美しい女神が、今度はいわゆる「ヤンキー座り」の格好になって、空中に浮かんだ。
「んじゃ、ちょっくら魂の浄化して、さっさと転生しやがれ、このクソジジィ」
「魂の浄化?」
「原初に戻って、生まれ変わるんだよ」
「どこに」
「さあね。運しだいってとこ」
「なあ、女神」
オレを包み込むように光があふれていって、女神の姿が見えなくなっていく。
「んだよ」
「アンタ、オレの担当なんだよな」
「そーだよ」
「今世だけ?」
「あ?」
「なんか懐かしい気がすんだよなぁ。また、会えんの?」
「……生まれ変わっていくヤツが、んなこと気にしてんじゃねぇよっ!さっさと生きやがれ、このクソジジィ!」
荘厳で、すべてを洗い流すように清涼な声が遠ざかっていく。
「今度こそ、幸せな育ちを」
そう聞こえたのは、気のせいかもしれねぇけど。
「さて」
そろそろ、おしゃべりも始める年齢になっただろうか。
今世は、温かい両親の下にいるとよいのだけれど。
「元文学ヤンキーさん。あなたは今、どこにいますか?」
下界をのぞき込んだ女神の美しい髪が、天界の風に吹かれて、大きくたなびいていた。
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