オレは転生するらしい

1/1
前へ
/3ページ
次へ

オレは転生するらしい

 目の前で、立膝で座る格好で浮かんでいるべっぴんさんを見て、オレはポカンと口を開けちまっていた。  だって、こんなん驚くに決まってんだろ。  さっきまで息が苦しくて、いろんな管につながれてて。 「じいちゃん!」 「ナースコール押して!」  ったく、ウルサくってかなわねぇ。  ゆっくり寝かせろってんだよって思ってたら、いきなり真っ白でピカピカな場所に放り込まれてたんだから。    なんにもない白い空間で、フワフワ浮いているべっぴんがオレを見下ろしてんだけど、驚くのはそれだけじゃねぇ。 「なにバカ面さらしてんだよ、オメェはよぅ」  いきなりこれだよ。  カワイイ顔して、口が悪ぃったらねぇんだ、このべっぴん。 「こっちの説明、聞いてっか?あぁ?耳どこにつけてんだよ」  立膝に乗せた、キレーなあごがくいっと上がる。  にしても。 (イイオンナだなぁ、おい) 「オンナじゃねぇよ、女神だっつってんだろ!何回言わせんだ、このボケナスっ」  おーおー。  イイオンナ(女神だとよ)ってぇのは、目ぇ三角にしてもキレーだなぁ。  最初にこのオンナ、いや女神を見たときには、白くて長ぇドレスみてぇなのを着てて、そりゃあイイ笑顔だから、ほれぼれした。  「女神です」と言われたときには、ああ、そうなのかと納得したんだけどよ。 「はぁ~、ダル。ちょっと座らせてもらうぜ」  いきなりやる気のない顔になったと思ったら、座るっちゅうか、空中に浮いちまったんだから度肝を抜かれる。  ま、体自体がもうねぇんだから、抜かれる肝もねぇけどよ。 「オイ、オレは死んだんだろ?」 「だな」  どこから出したのか、女神は書類のようなモンを手にしてめくっている。 「今どき紙?神だけに?ペーパーレスじゃねぇのかよ」  と冗談を言えば、女神らしからぬ、バカにしたような顔がこっちに向けられた。 「紙に見えてんなら、そりゃオメェの認知が古いんだよ。ダジャレもイケてねぇし。もっと若いヤツラには、タブレットに見えるらしいよ」  へぇ、そういうことか。  こっちの見方しだいってこと。  てぇことは、この女神がヤンキーなのはオレの認知?  あー、若ぇころは、けっこうムチャやったからなぁ。    ペラリペラリ。  女神はオレの認知の紙をめくっていく。 「ほぅほぅ、そーかそーか。ま、アタシんとこで審査するんだから、こんなもんだよな。はい、転生決定~」  女神が手にした紙を面倒くさそうに放り投げると、手品みたいに空中に溶けていった。 「え、転生って、異世界にか?チート能力、選び放題?」 「オメェはよぅ」  呆れ顔の女神がじっとオレを見つめている。 「ヤンキー上がりの83歳にしては、よく知ってんなぁ」 「孫と本の貸し借りするんだよ」 「文学青年ならぬ、文学ヤンキーwwウケるー、ラノベ読んでたってか」  なんかムカつくな、この女神。 「オレは山本周五郎を貸したけどな」 「渋い孫に、ライトなジジィだなぁ」  カラカラと女神らしからぬ笑い方をするけど、その声は、孫に無理やり連れていかれた教会で聞いた、ハンドベルってやつの音みてぇだった。 「残念だけどよ、そんな能力はアタシにはねぇんだ」  立ち上がった女神は糸の切れた風船のように、フワリすぅっとオレのほうに降りてきた。 「生まれ変わるのは現世だよ」 「エンマとか、十王の裁きとかねぇの?」 「こっちにも事情ってもんがあるからなぁ」  ぼりぼりと頭をかいてる仕草はめちゃくちゃ行儀悪いけど、サラサラしたキレーな髪は、山の湧き水みたいに揺れている。  ほんと。  口さえ閉じてりゃ、ベラボウにイイオンナだ。  にしても、不思議なんだよなぁ。  髪の色とか着てる服とか。  分刻みでコロコロ変わりやがってよ。  次から次へと衣装替えしてるコスプレイヤーみてぇで、目がチカチカする。 「おい、ジジィ。コスプレまで知ってる83歳とか、楽しすぎんぞ」 「孫とコミケに行ったこともあるからな」 「どんだけよ」 「それにしても女神様」 「お、やっと女神って認めたな」 「なんでコスプレしてんの」 「バーカ。これもオメェの認知だよ」  ニヤニヤと人の、いや神の悪い顔で女神が笑った。 「オメェの”女神”のイメージが、コロコロ変わってんだよ」 「それが投影されてんのか」 「そーそー、てか、なんだこれ?!おま、魔法少女のカッコとかねぇぞ!ミニスカ?!このエロジジィっ!」 「いやあ、こっちの認知っていうから、イケるかと」 「いっぺん死んでみっか?コラぁっ!」 「死んでんだよ」 「そうだったな」  この女神、いろいろ大丈夫だろうか。 「コホン」  ヤンキー女神はひとつ咳払いして、ケンカ上等の態度を改めた。 「とにかく、ちょっとやんちゃしたけど、そのあと無事更生。大してクソ面白くもねぇ、善良な生涯を終えたヤツはさ、裁きに回されずに、担当神の審査で転生が決まるんだよ」 「へぇ、そんなんでいいのか」 「いいもなにも、審査部の手が足りねぇからな」 「どこも人手不足だなぁ」 「人じゃねぇけどな」 「全知全能ってやつはウソかよ」 「全知全能なのは、特別なヤツだけだよ」 「ああ、女神さまは、そこそこの神ってか」 「殺すぞ、テメぇっ!」 「死んでるけど?」 「そうだったわ~」  オレの担当女神、本当に大丈夫だろうか。  魂が震えるほど美しい女神が、今度はいわゆる「ヤンキー座り」の格好になって、空中に浮かんだ。 「んじゃ、ちょっくら魂の浄化して、さっさと転生しやがれ、このクソジジィ」 「魂の浄化?」 「原初に戻って、生まれ変わるんだよ」 「どこに」 「さあね。運しだいってとこ」 「なあ、女神」  オレを包み込むように光があふれていって、女神の姿が見えなくなっていく。 「んだよ」 「アンタ、オレの担当なんだよな」 「そーだよ」 「今世だけ?」 「あ?」 「なんか懐かしい気がすんだよなぁ。また、会えんの?」 「……生まれ変わっていくヤツが、んなこと気にしてんじゃねぇよっ!さっさと生きやがれ、このクソジジィ!」  荘厳で、すべてを洗い流すように清涼な声が遠ざかっていく。 「今度こそ、幸せな育ちを」  そう聞こえたのは、気のせいかもしれねぇけど。   「さて」  そろそろ、おしゃべりも始める年齢になっただろうか。  今世は、温かい両親の下にいるとよいのだけれど。 「元文学ヤンキーさん。あなたは今、どこにいますか?」  下界をのぞき込んだ女神の美しい髪が、天界の風に吹かれて、大きくたなびいていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加