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眠気を遠ざけるためにスマホのニュースを眺めていたら、また意識が遠くに行っていたようだ。
今更あんなことを思い出したのは、海外の深海研究チームの成果を知らせるニュースが目に入ったせいかもしれない。何でも実験のために沈めたワニの遺骸から、新種のホネクイハナムシが見つかったという。
いままで何処の海を調査しても確認されなかった種が、海にいるはずの無い生き物の体にだけ棲息していた。彼女の言っていたことも丸きりでたらめとは言えないのかもしれない。
もう一度颯子を連れて水族館に行っておけば良かった。やっぱり深海が良いか、やっぱり深海は嫌か。それだけでも聞いておけば良かった。余命と関係なく死ぬことが予想できていれば、もっと早く死に場所を探したのに。
深海のように静かな病室で迎えると思われた颯子の最期は、喧噪の中で唐突に訪れた。
その死に様は、流れに揺れるホネクイハナムシの鰓を全身に纏ったようにも見えたが、その身を啄む魚たちは残念ながら現れなかった。歓喜と食欲の代わりに好奇と哀れみに晒される様はあまりに惨めで、思い返すとあの日のように笑えてきた。
人間の体は水圧に晒されなくても、簡単に潰れてしまうのだ。
飛び散った肉と血は水に流されて、食べて貰う暇も無く片付けられてしまうのだ。
死というのは長い時間を掛けて歩み寄るのでは無く、一瞬のうちに覆い被さってくるのだ。
手を繋いで外に連れ出した相手を、帰りも連れて帰れるなんて幻想なのだ。
久々の外出にはしゃぐような奴は、ろくな目に遭わないのだ。
そして周りは「貴方のせいじゃない」なんて言うけど、言葉なんて何の役にも立たないのだ。
あの日一日で、私は色々なことを学んだ。人骨生物群集の夢はこうして、一台のトラックによって潰えたのである。そうして骨灰だけが私の元に戻ってきた。
「お墓は作らないでね、和子ちゃんに一番良いタイミングで最高の場所に運んで貰って眠るから」
どうやら生前、周りの大人にそう話していたらしい。最もそれは、ずっと先、病院で息を引き取った時を想定していたのだろうけど。
そんな約束は初耳だったが、結ばれてしまったのなら聞き入れるしか無いのだ。
颯子の望みを叶えてやるために、私に何が出来るだろう。
食べられていくのって凄く良い気分だと思う。その言葉は、灰になっていても有効なのだろうか。
私を食べた鳥は、広い意味では私なの。その言葉は、人間同士でも有効だろうか。
変わんないでしょ、同じ地球の仲間だもん。
骨壺を傾けると、颯子はからからと歓声を上げた。
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