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永口颯子の最期
颯子の灰と、温くなった水を前に、どれくらい逡巡していたのだろうか。いっそ枯れ木にばらまいてしまいたかったが、なけなしの良心がそれを拒む。
昔、薬を飲むのを嫌がる颯子を冷めた目で見ていたが、今なら彼女の気持ちがよく分かった。飲んでいる間は、確実に不快だろう。だが長い目で見て楽になるために、私はこれを飲まなくてはならないのだ。
この一度きりのためにオブラートを使うのは何だか気が引けた。毎日泣きわめきながらも薬を飲み続けた颯子が、骨壺の中から念を送ってくるからかもしれない。私の気持ちが分かるのなら、私の味を誤魔化すようなことはしてくれるな、と。
私は何度も吐きそうになりながら、私は颯子の成れの果てを体に流し込んだ。本能的な忌避感からか、完全に飲み込んで尚、胃の中の物が逆流してくる心地がした。喉の手前までせり上がってきたそれを飲み込み、吐き気を逃がすため、横になって目を閉じた。
彼女の死は、火葬場から立ち上る二酸化炭素と私の吐き気しか生み出さなかったが、それでいいじゃないかと思う。少なくとも私はこの吐き気と、これからの短い生涯、別れることは無いだろう。
一眠りすると、吐き気は随分遠ざかっていた。その隙に、空っぽになった骨壺をゴミ箱にぶち込み、鞄を背負う。
颯子が死んでも、私がやるべきことは何も変わらない。今まで通り、彼女が納得する死に場所を探さなくてはならない。
そこで死ぬのが私にすり替わっただけだ。
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