あなたと海をゆく

「メッセージボトル」とは、匿名メッセージ交換アプリ「オーシャン」で交換できる、メッセージのことだ。「オーシャン」に登録すると、一日一度だけ、他のユーザーが登録した三十一文字以内の匿名メッセージ、「ボトル」が、ランダムで届く。ユーザーは届いたメッセージに返信することもできるし、無視することも、保存しておくこともできる。ただし、返信できるのは一日に一通だけだ。
　似たようなゲームは昔にも流行ったし、だから今どきよくあるアプリに過ぎないのだけれど、「オーシャン」は最近、特に人気みたいだ。独特の文字数制限がウケたのだとも聞く。
「今、どこにいますか？」という質問は、運営がゲーム性を確保するために流していると言われる、ボットによる定型文のようにも思えるけれど、なぜだか、応えなくてはいけないような気のする問いかけだった。誰か……私のいる場所を知りたい誰かが、この世に本当にいるのかもしれない。そんな気にさせられる文章だった。
「今は学校で、眠気に耐えながら受業中です」
　ここまで打ち込んでから、ちょっと指を泳がせて、末尾に「貴方は？」と付け足した。「オーシャン」の面白いところは、一度返信した相手と、そのメッセージへの返信という形でのみ、続けてやり取りが出来るところだった。SNSとは根本的に異なる形でのコミュニケーションが、「オーシャン」の人気の秘密なのかもしれない。
　ボトルを送信して、何食わぬ顔で教壇を見つめる。教師は、私の行動に気がついてはいないようだった。