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第1話 空調音と機械音
「ブーン」「ゴォー」「ジー」「ウィーン」「ドォー」
様々な空調の音が鳴り響いている。限られた担当しか入室することができないデータセンターの最深部。大型コンピューターの前で2人のエンジニアがモニターを見ながら端末をパチパチと操作している。
小学校の体育館ほどの広さがあるコンピューター室には、たくさんの機器が設置されている。セキュリティーの観点から窓はない。日中でも太陽光は入らず、無機質な蛍光灯の強い明かりが眩しい。壁掛け時計もなく、作業に集中していると、昼夜もわからなくなってしまう。
コンピューターは熱に弱いため、常に冷却している。部屋の空調だけでなく、数百台ある機器の空調から、音と風が止まることなく、折り重なっている。機械には適温だが、人間には肌寒く感じる温度で、上着が欲しくなる。
コンピューターはホコリも苦手であり、室内は土足禁止にしている。普段は別拠点で勤務しているメンバーは、ビニール製の安価な共用スリッパを使っている。小学校の来客用のスリッパを思い出させる代物である。歩きにくさは問題にならないが、床の冷気が直接伝わり、足元からも寒さを感じる。
24時間365日ずっと稼働し続けるシステムは、このような環境で休むことなく動き続けている。人間には居心地のよい場所ではない。
1999年12月31日、23時51分。年越しまで10分を切った。
「準備完了しました。板橋さん、どうですか?」
足立は空調音に負けないよう、隣にいる板橋に向かって大きな声で話しかけた。
「こっちも終わったよ。もうやることないね」
板橋は苦笑いの表情で肩を回し、寒さを紛らわせているようだった。
「Y2K問題って騒いでますが、何も起きないですよね、ここでは。あんなにテストもやったし。『30分前からコンピューター本体の前で張り付いて立ち会え』ってことですが、俺たち、人質みたいなもんですよね。」
足立も両腕をストレッチして、体を動かしながら、モニターに表示されるシステムログを監視している。モニターにはインターネット銀行の取引履歴一覧がリアルタイムに表示されている。端末のENTERキーを押すと最新情報に更新される。手持ち無沙汰になった足立は、1秒おきにENTERをたたいている。画面には新しい取引が3行、5行と追加されて表示されていく。
「へー、この深夜の時間帯でも、世の中の人はお金を使うんだねー。できれば、年越しの時は、システム止めてほしかったよ」
コンピューターの機器やネットワークなどのシステム基盤を担当している板橋は、自分のモニターに流れているシステムログを見ながら、横目で除いている。
「このパイプ椅子、冷たいですよね。もう、寒いっす」
業務アプリケーション担当の足立の口からは愚痴が止まらないが、手と目も常に動き続けている。板橋はログだけでなく、CPU、DISK、ネットワークなどの利用状況に異変がないか、頻繁にコマンドを打って確認している。
「本社出勤のみんなは暖かい部屋でいいですよねー。」
「差し入れ食べてのんびりしてそう。紅白はどっち勝ったのかな?」
「男はやっぱり白組を応援しますよね。うー、こたつでみかん食べたいです」
もちろん、コンピューター室内は飲食禁止。監視カメラは音を出さず動いている。
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