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第4話 カウントダウンの音
1999年12月31日23時59分。
タイマー起動の最後の処理が動き、確認も完了した。ラスト1分を切り、緊張感がマックスになった。
チェック項目も確認手順も暗記しているが、紙資料を再確認して冷静さを保とうとしている。足立も板橋も口は開かず、大量の情報が上から下へ流れるモニターを凝視している。オンライン取引は止まることなく、ENTERキーの音とともに画面に湧き出てくる。
「いよいよ、あと30秒」
板橋が自分に言い聞かせるように声をかけた。リズミカルに確認コマンドを打つ音は、空調音でかき消されてしまう。
「10秒前!このままいけ!」
足立が祈るようにモニターに向かって小さく叫んだ。
「ゴー、ヨン、サン、ニイ、イチ!」
モニターの時計表示は『2000』に切り替わった。足立も板橋も、手と目を動かし、モニターに向かって指差確認もしながら、チェック項目を一つ一つつぶしていった。モニターを見ながら足立が声を出した。
「大丈夫そうです。オンライン取引はいつも通りです。カード使えてます。これから取引種類ごとに確認していきます」
「こっちも問題なし!このまま、このまま」
板橋も素早い手さばきて確認を進めていた。
0時5分、足立は固定電話から対策本部へ報告を行った。コンピュータ室の空調音の中、受話器を耳に強く押し当て、大きな声を出した。
「コンピュータ室の足立です。異常ありません!」
「了解です。こっちの確認も問題でてないよ。引き続き、確認作業をよろしく」
板橋は別のセンターと電話連絡を取り合っていた。電話しながら、足立にジェスチャーで、OKサインを送った。
0時15分、30分、45分、タイマー起動で動く処理を一つ一つ確認していった。緊張感は抜けず、室内の寒さや空調音も気にならなくなっていた。
1時40分、定時報告を行った。異常は検知されず、システムは静かに稼働し続けている。主なチェックポイントを無事に通過した。足立と板橋はコンピュータ室の外へ、ゆっくりとした足取りで歩いていった。
自販機コーヒーを買って休憩コーナーの椅子に座った。2人とも缶コーヒーの栓は開けずに両手を温めていた。
「いやー、疲れましたね。板橋さん、ここ静かでいいですね」
「当たり前だけど、何事もなく良かった」
「色々と準備してきましたけど、それでも少し不安でしたよ」
「まだまだ油断できないけど、すごい仕事してるよな。俺たち」
少し冷めた缶コーヒーで軽く乾杯のポーズをとった。
「コンピュータ室内の中で、地球を動かしてるような気分になってましたよ」
「わかる、足立君のその気持ち。システム止めるの簡単にできちゃうし。あの騒音の中にいるとおかしくなりそうだし」
「システムに何か起きると、すぐに大ごとになるけど、何も起きないと注目されないので、寂しく感じるときもありました。最近は慣れてきましたけど」
「そうだね、縁の下の役割というか、世の中の人にはなかなか、わかってもらえない仕事だね」
「やせ我慢ですが『無音』が一番です!」
「そろそろ時間だ。よし、じゃあ、もうひと頑張りいこうか。あの音の世界に」
コンピューター室の入口でスリッパに履き替えた。カウントダウンで自信を付けた2人の足音が鳴り響き、1歩づつ前へ進んでいった。
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