Strelitziaを抱きしめて

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 数年前の冬、雪がちらつくクリスマスイブ。寒さなんてものともしないくらいに世間はあたたかなしあわせで溢れていて、だからこそ、今日くらいは自分にもいいことが起こるんじゃないかってそんな期待をしていた。  けれども、いつも通りに駅前で歌い始めた望未に届いたのは、こんな声だった。  “あの子いつも歌ってるし、上手いと思うけど、いまいち成長しないよね”  “上手くなりたいとか思うならボイトレでも何でも通ったりすればいいのにね”  きっと通りすがりの誰かが発した何でもないその声。しかしそれは、望未にとっては明確な悪意だった。  意図しない悪意は、より凶悪であるからこそ、望未の心の奥底へ深く潜り込んだ。  上手くなりたい、そう思わない訳じゃなかった。上手くなったら、もっともっとたくさんの人に届くというのは既知の事実だった。  だけれども、わたしは。  ただ、今の自分を、全力で表現したいだけなんだ。  “わたし”という存在を、この(そら)に放ちたいだけなんだ。
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