序章

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神奈川県の西の果てには、櫃口(ひつぐち)町という人口の少ない町が存在する。ここは、東京の隣にある県とはとても思えないような農村が広がり、山に囲まれた長閑(のどか)な町だ。 そんな櫃口町に暮らす煎田(せんだ)家の郵便受けに、一通の手紙と、分厚い封筒が投函(とうかん)されたのだった。 (…何かしら、これ) 手紙の封を解いた米子(よねこ)は、送られてきた手紙に不審を覚えた。 手紙は自分の署名もしていなければ、差出人の名前も住所も記載がない。誰のものであるか分からないし、これを送る人物に心当たりもない。こちらの住所を知っているのだから、何処かで夫の清一(せいいち)と知り合っているのかもしれないが、米子には見当もつかなかった。 清一は作家を職業としているため、何処から住所を嗅ぎ付けたのか、事務所ではなく、家にファンレターが届くことは(まれ)にあった。 しかし、今回はそれらとは完全に別種だ。 内容は要約すると、『送った原稿を読んでほしい』とのことだが、一体同封されているこの分厚い原稿用紙は何なのか。それも一部ではなく、数えるとホチキスで止められたものが四部にも及んでいた。それぞれ紙の種類も異なっている。四部の原稿用紙について、手紙ではそれらの出所については伏せるとしているが、それには如何(いか)なる理由があるんだろうか。手紙を含めた全てに怪しさを感じてならないな、と米子は思った。 もしかすると、売れない作家が、自分の作品を売り込むために作家である清一に直々に原稿を送り付けてきたのではないか、と考えたが、それもまた違うような気がした。 (…何なのよ、これ。少し、気味が悪いわね) 米子は、胸騒ぎがしていた。 これに関わっていけない、と脳が警告を告げるのを感じた。
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