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「異世界?」
「うん、まあ大した山やなかったら、何も思わんけど、この山は、その異世界感っていうたらええんか分らんけど、それがめっちゃ強い気がするねん」
「それって、霊感みたいなものなの?」
「いや、そんなたいそうなものやないけど、ちょっと普通とは思えんなあって…」
そう鷲江が言うと、私の隣に座っていた楓が大きな悲鳴をあげた。
「ちょっ、びっくりするやないの、いきなり」
「…だって、怖かったから」
恥ずかしそうに楓は応じた。楓は根っからの怖がりなので、その手の話が極端に苦手なのだ。
楓の大げさな悲鳴のお陰で、じめっとした雰囲気に包まれていた車内も、少しだけ座が和む。
「もうすぐ着くよー」
そんな会話を続けていると、実乃が運転席から声をかけた。
車を降りると、実乃から聞いていた通り、そこは緑豊かな場所ではあった。しかし、どちらかというと、緑しかないというような表現の方が來羽にはしっくりきたのだが…
スーパーに立ち寄ってから一時間近く車内にいたので、來羽は大きく伸びをした。庶民の來羽からすると、なんでこんな不便なところに家を買う必要があるのかと疑問に思ってしまうのだった。もちろん自然を望む静かな環境というのは分かるが、トンネルも通っていないので、山道をのろのろ、ぐねぐねと一時間かけて安全運転しないと辿り着けないというのは、酷く億劫に思えた。
建物は管理棟と思しきエリアを拠点に、扇状に広がった斜面に何件かの貸別荘を構えた広大な敷地だったが、点在した貸別荘に、人の気配は全く感じなかった。
「ここって昔、リゾートか何かだったんですか?」
出迎えてくれた実乃の叔母である三枝に、來羽が訊ねると、
「そうよ、昔は人気のリゾートだったんだけど、最近の若者はこういうところに興味がないみたいで、全く人が寄り付かなくなって、オーナーが手放したいって話してたから、私が買い取ったのよ」
「じゃあ、今はお客さんなんかは来てないんですか?」
「そうよ。だって私、経営とか出来ないし、何より、こんなに広いところを、夫婦で独占できるんだから、とっても贅沢で良いと思わない?」
お金持ちはやはり金銭感覚も尋常ではないのだ、と來羽は感心する。
「まあ、とは云っても、ほとんど使ってないところばっかりなんだけどね。だから、もしよければ、今回のお泊りは一人一軒で泊まって貰おうと思ってるんだけど、どうかしら?」
一人一部屋ならぬ、一人一軒という何とも豪華な待遇に、皆は一様に浮かれたが、來羽はここでも少し、不安を覚えていた。
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