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圭吾に案内されて向かったのは、たくさんの人間が行き交う繁華街。その一角の地下、古びたドアの向こう側を三つ星レストランなどと決して思っていたわけではない。けどこれは予想外。
美空は目を丸くし、早苗は頬を引きつらせ、祐介に至ってはドアの外にある店名を確認している。
圭吾が開けてくれたドアの向こうで出迎えてくれたのは大柄な男性。筋肉隆々強面。どこから見ても男性だ。
けれどもその人は、くねくねと両手を握り合わせながら頬を紅潮させている。
重ねていうが、何度見ても男性だ。それもかなりむさ苦しい。けどその声色はなぜか甲高く、男性というよりは女性に近い、ような……。それに、こちらを見ている瞳もキラキラしていて、女子と表現してもいい、ような……。
そういえば、こういう人、テレビで見たことがある。けど決めつけはよくないだろうと、美空は一応確認しておくことにした。
「えーと、男性の方、ではなく、女性の方ということで、いいですか……?」
瞬間そのキラキラ瞳がぐあっと見開かれた。え、怖い。どうやら違っていたようだ。ごめんなさいと謝ろうとしたとき、その人がキャーと雄叫びをあげて抱きついてきた。
「やーんっ、せいかーい!そうよっ、そうなのっ。やだもう、わかってるじゃないの、この子。気に入ったわぁ。さあさ、こっちにいらっしゃいな。特等席にごあんなーい」
「ええと」
ぎゅーぎゅーしてくる大男に美空は目を白黒させた。とそのとき、頭上でガコン!と大きな音。
「いってぇー!なにすんのよぉ!」
男、女、どっち?と訊きたくなるような悲鳴をあげて、大男は頭を抱えて座り込んだ。どうやら圭吾が殴ったようだ。いったいどこから出てきたのか、圭吾の右手には銀のトレイ。厚みがあって頑丈そうだ。うん、痛そう。
「おいこら茂男。なにを抱きついてんだてめえは。殺すぞ。だいたい特等席なんかねえだろ、この店には。ったく、やっぱり来るんじゃなかった。店、変えるぞ」
「なんですってー!ちょっとありえないんですけどお!っていうか、また茂男っていったわねえっ、ここではシノブっていってるじゃないのぉ!」
「うるせえ。じゃあな」
「待ちなさいよっ、わざわざ貸切にしたのよぉ!絶対に帰さないからっ!」
がしりと腕を掴み、本名は茂男、けどここではシノブという名前らしい大男がすがってくるも圭吾はガン無視。美空の背中を押してくる。いいのだろうか。いや、だめなんじゃないかな。
「ねえ圭吾、他の店ってあるの?」
美空はこの店がチョイスされた経緯を投げかけてみた。一件だけ入れる店があるといわれて来たのがここではなかったか。ぴたりと止まった圭吾に大男、シノブがにやりと笑う。
「そうよそうよ。あるの?無農薬にこだわった自然派、且つ、美味しい店で?予約がなくてもオッケーで?さらには時間も気にしなくていいなんて。そーんな魔法のようなお店、あるの?ここ以外にあると思ってるのぉ?まさしく無理ゲーよお」
圭吾は無言になった。美空はなんだか申し訳なくなる。けど大男は止まらない。
「どーするのー?その子、なにも食べられないかもねー?」
可哀相~なんて煽られた圭吾はいやそうに、そう、心底いやそうに振り返った。
「……特等席とやらに案内しろ」
「はーい!かしこまりぃー!4名様ごあんなーい」
店内にスタッフも客はおらず、いったい誰に向かって叫んでいるのかは不明だが、ルンルンしながらスキップを踏むシノブに4名様は案内されたのだった。
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