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あの男と過ごしたのは、たったの三日間。
思えば、会った瞬間からいらつく男だった。ぼさぼさな髪に無精髭、タバコの香り。態度も口調も横暴で、大きな体つきも、まとう威圧的な空気も気に入らなかった。
それでも一緒にいたいと思ったのは、あの男の眼差しの向こうに魅せられたからだ。そしてあの男自身にも魅せられていった。
野性的な眼差しは色香を含み、長い指先はひどく官能的で、悪態を吐くばかりの唇に翻弄されたいとさえ思った。
痕を残してほしいといったのは、生きていると実感したかったからだ。そう、その証が欲しかった。
「なーんてね」
小さく笑ってみてから、ゆっくりと瞬きをする。無機質な白い壁と白いカーテン。幼いころから繰り返し見てきた光景。温度を持たないこの箱のような場所で、ずっと生きながらも死んでいた。無機質なこの場所と同じ、無機質な自分。
けど、そんな自分にも熱い血が流れているのだと、その鼓動は時を刻んでいるのだと、あの男が教えてくれた。
視線を横に流せば、窓の外は寒々しくも晴れやかな空。あの男が好きだといった冬晴れ。
「今日もどこかでシャッター切ってるのかな」
たった三日間。けど、いまもまだあの男を想う。無骨な優しさを持ち、バカみたいにお人好しだった男。キレイな男。
白いカーテンの向こうでからりと扉が開いた。複数人の人間が入ってくる気配。決断の時だ。といっても、とっくに心は決まっているのだが。あの男が後押ししてくれた。
もう一度ゆっくりと瞬きを一つ。両手で抱きしめるように持っていた一枚の名刺をゴミ箱に捨てると、4本の指でフレームを作ってみる。その向こうに冬晴れ。目を細めたのち、まぶたでシャッターを切った。美しくも透明な青。最初で最後になるかもしれない私が撮った写真。
「バイバイ、おじさん」
そしてありがとう。証をありがとう。胸に手をあて微笑んだ。
たった三日間。
けど私はその場所で、確かに生きていた。
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