01-2

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 お店はすぐに決まった。時間的に、ほとんどの店が開店前だったということもある。圭吾が頷いたからここに決めてしまったが。 「本当にここでよかったの?」  美空はきょろりと周りを見渡したのち、テーブルの向こうに座る圭吾に向かって声をひそめた。 「おまえに決めろといったのは俺だ」 「でも、トンカツ屋さんとかステーキハウスとかあったのに」 「朝からそんなに食えるか」 「食べれるよ、圭吾なら」 「どーゆー意味だ。そもそも開店前の店には入れないだろ」 「待てば入れたよ」 「面倒くせえ」  なんとも一刀両断。確かに、この男が呑気に待つとか想像できないが。 「でも、どうせなら圭吾の好きなものご馳走したかった」 「ここでも十分だろ。俺は食えるなら、どこでもいいタイプだ。だから、おまえが入りたかった店に文句をつける理由もない」 「え?私、そんなこといってない、よね?」  美空は目を瞬いた。この店はどう?と訊いたが、入りたいといった記憶はない。 「スマホで検索かけて、トンカツ、ステーキ、そば、ラーメン。淡々と店名を読み上げてたやつが、この店だけ急にテンション上げて何度も連呼してんだ。どんなバカでも気づく」  圭吾は呆れ顔で煙草に火をつけた。ちなみにここは喫煙席だ。 「ええっ、嘘」  ずっと昔に憧れたファミレスを見つけて、少し声が大きくなってしまった自覚はあったが。 「全然気づかなかった。そんなつもりなかったんだけど」  美空は視線を落とした。手元にはファミレスのメニュー。  添加物がどうの、栄養がどうの、そんな暮らしを幼い頃から強いられてきた美空は、外食する店も両親や兄、ときに従兄によって厳選されてきた。  外食に限らず、あらゆる事柄で美空の意見は聞かれても、実際に叶うことはほとんどなかった。だから諦めることが上手になった。  ファミレスもそうだった。  小学生の頃、仲良くなったお友達が、パパがお休みの日にママと皆んなでファミレスに行くんだと楽しげに教えてくれた。だから美空も両親にねだった。  けれども元々高級思考な母は、なにが入ってるかわからない店は絶対にダメだと猛反対し、困った父はメニューを取り寄せシェフに作らせようと微笑む始末。兄と従兄はいつか連れていってやると約束してくれたが、実現することはなかった。  この男がいなかったら、いまも実現はしていなかっただろう。とっくに諦めていたから。 「ともかく俺はどこでもいい。つまりここでいいってことだ。わかったら、とっとと注文を決めろ」 「う、ん。いま決めるね」  メニューをぱらりと開いた美空は、なぜだろう、わけもなく泣きたくなった。
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