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「うう、お腹が苦しい」  椅子に背をあずけてお腹をさすっていると、向かい側の男が呆れたように煙草の煙を吐き出した。 「マジで少食とか。どうなってんだ、おまえの胃袋は」 「ふふ、そうだね。でも満足」  美空はにっこり笑って、空になった目の前の皿を見下ろした。その横のグラスには、初めて利用したドリンクバーでぎこちなく注いだメロンソーダが半分ほど残っている。  メインで注文したのは、女子なら誰でも好きだろうパンケーキ。スマホで散々眺めていた人気店のパンケーキほど派手さはないが、美空にとっては十分テンションが上がる代物で。張り切って食べたはいいが、三分の一を残すところでギブアップ。けど残すのはマナー違反。そう躾けられて育った美空が困っていると、大きな手が無言で皿ごと攫っていった。  トンカツやステーキに難色を示していたわりに、圭吾が注文したのは焼肉定食。そのうえ美空が食べきれなかったパンケーキも黙って引き受けてくれた。  そうして優しい男は、美空がトイレに立った隙に会計までも済ましてしまっていた。 「なんで勝手に払っちゃうのっ?ご馳走するっていったのにっ」  ファミレスを出て、車へと歩いていく男の背に文句を投げつけた。 「ほとんど俺が食ったんだから俺が払うのが道理だろうが。そもそもガキに奢られるとか、ねえな」 「でもっ。っていうか、ガキじゃないし。とっくに成人してますからっ、もうすぐ22だしっ」 「へえ、22ね。俺から見れば、まだまだガキだ」  ピピっと車の鍵を開ける圭吾に向かって、美空は唇をとがらせた。 「そうよねっ、おじさんからしたら、そうでしょうともっ」 「オイコラ誰がおじさんだ。ったく、何度もいわすな」  眉間にしわを寄せながら車のドアを開けた圭吾は、やれやれという風情で運転席に乗り込んだ。美空は立ち止まりその様子を見守った。 「……なにしてんだ」  ドアを閉め、エンジンをかけた圭吾が訝しげな顔つきでウィンドーガラスを下げ、外に立っている美空に視線を向けた。 「早く乗れ」 「ううん。ここで大丈夫」  にこっと笑うと、圭吾の眉がわずかにひそめられた。 「ここでって、おまえ」  圭吾の視線がさっと周囲を確認する。  深い山々の間を縫うように通されたこの国道沿いには、ファミレスの他にも飲食店が立ち並んでいるが、それはこの一角だけ。離れてしまえば、なにもない。最寄り駅もおそらくかなり離れている。バスが通っているかも定かではない。  そんな場所に土地勘がないだろう人間を一人で置き去りにできるかと問われれば、決して世話好きではない圭吾であっても否だ。 「あのな、さっきもいったが今更ってやつだ。遠慮してる暇があるならとっとと乗れ。宿まで送ってく」  美空はありがとう、でも、と微笑んだ。 「あのね、旅館にはまだ戻らないつもりなの。行きたい場所があるから、ここからタクシーで」 「どこだ」 「え」 「その行きたいっていう場所だ」  美空は黙った。圭吾の目がわずかに細まる。 「どこだ」 「えーと、」 「さっさといえ」 「あの、えーと」  いいたくない。美空はそろっと上目遣いに圭吾をみた。ああだめだ。いうまで男はきっと、この場から立ち去らない。適当な場所をいってみてもいいが、そこへ送られてしまっては時間が無駄になってしまう。ここでの時間は有限ではない。 「どこだ」  どうしようかとぐるぐる悩んでいるところに再度問われ、美空は仕方ないとばかりに、えへ、と小さく笑った。 「ええと、さっきの……山?」
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