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再び山道を走り出した車が辿り着いた場所は山の谷間。大きな岩がゴロゴロと転がっている河原だった。天候は良好、風もなく穏やかなため、水の流れはとても静かだ。
圭吾は車の荷台をあさり、川辺にてランプを灯し、小さな銀色の台の上で火を起こした。
「それ焚き火?すごいっ。こういうのってキャンプっていうんだよね。スマホの動画で見たことある。一人キャンプっていうの?それが最近の流行りなんでしょ?」
はしゃぐ美空にちらりと視線を向けた圭吾は肩をすくめると、焚き火の上に設置した網に小ぶりな黒いコーヒーポットを乗せた。
「さあな、興味もないしどうでもいい。まあけど昔よりキャンプやる人間が増えてきてるのは確かだ。おかげでルールをぶっちぎるバカも増えたけどな」
「ルールとかあるの?」
美空は焚き火の傍にある岩の上に座ると、両手で頬杖をついた。空はすでに闇に覆われ、気温もぐっと下がってきたが、男のウィンドブレーカーと焚き火が美空の体温を守ってくれている。
「あるな。キャンプ場ごとにそこでのルールがあるが、ここみたいなフリーの場所では二つだけだ。他人に迷惑をかけず、自然を汚すことはしない。単純明快、簡単なことだが、それすらできないバカ以下もいる」
「そうなんだ」
圭吾がいう二つのルールは、ルールにすることすらおかしいと思えるほど当たり前のことだ。
そんな当たり前で簡単なことができない人間は、きっと考えるという行為を放棄しているのだろう。いや、考えること自体できないのだ。そんな彼らは、自身が愚かで可哀想な人間だと気づくこともできない。
ぼんやりそんなことをつらつら考えていると、いきなり目の前に白い袋が現れた。
「選べ」
圭吾によって差し出されているのはコンビニで買った今夜の夕食だ。朝はパンケーキ、昼は秘境の地の近くにあったうどん屋さん。どちらも完食はできなかったし、数時間たったいまも空腹は感じない。
「大丈夫」
「大丈夫どころか、おまえの少食はマジでアウトだ。残してもいいから食え」
「アウトって」
美空は笑った。でもそのとおりだ。美空の少食は、周囲も認める問題点の一つであり続けている。もう10年以上。
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